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39 二人はかみ合ってなかった

 突然床に頭を擦りつけて土下座する芳に、おれは驚いて声を失う。 「悠成……っ、すまんっ!!」 「――え?」  告白しようと意気込んでいたのに、芳に謝罪され顔を引きつらせた。告白すら許されず、拒絶された――という、ことなんだろうか。  黙って顔を強張らせたおれに、芳が顔を上げる。 「ごめん……俺……」 「っ……、ひ、酷いよ芳……」  告白も、許してくれないなんて。亜嵐くん。ごめんね、背中を押してくれたのに。おれ、告白出来なかった。  ひっく、しゃくりを上げて泣き出すおれに、芳は立ち上がっておれの肩を掴んだ。 「な、泣くな。ごめん、悠成、俺、本当に……」 「あ、謝って、許すと思うのっ……? おれが、どんな気持ちで……」 「俺は、馬鹿だ……」  芳の唇が、瞼に触れた。こんな優しいキス、しちゃダメだよ。芳ってば、全然分かってないんだから。 「悠成」 「……芳」 「ごめん、勝手に、勘違いして――お前に、酷いこと――した、よな?」 「うん?」 「したよな?」 「――うん?」  何の話だろう。というか。 「どれ?」 「マジでゴメン。全部、ゴメン。今までのこと全部――」  芳が、ぎゅっと抱きしめる。あまりに強く抱きしめられ、ゲホッと咳き込んだ。 「ぐ、ぐるしい」 「あ、悪ぃ」  芳がバツが悪そうな顔でおれを見て、それから目を逸らして恥ずかしそうに頭を抱えた。 「マジで、待って。え? 俺、めちゃくちゃ恥ずかしい勘違いしてた? っていうか。お前、ファーストキスって」 「え? 初めてだよ? 言ったよね?」  言ったよね? 言ってないかも?  首を傾げる。言った気がするけど。心の中で。 「言ってないかも」 「聞いてねえよ」  はあ、とため息を吐き、芳が呆れた顔をした。座れと促され、ベッドに腰かけた。芳もその横に座る。芳はどっと疲れが出たようにため息をもう一度吐いて、首を下に向けた。何言ってるのか分かんないんだけど。おれの涙は取り合えず引っ込んでしまった。 「あれが、ファーストキスってことは……その、なにか。アレも初めてか」 「アレ?」 「せっ……セックスだよっ」 「あ、うん」 「――」  今更なんの話なんだろうか。そんなの、今関係ないじゃないか。ぷんと唇を尖らせていると、芳はなぜかもう一度深く頭を下げてきた。 「ゴメン。本当は、初めてとか関係なしに、あんなのダメだったと思うけど……。あの時は――あの時は、マジでお前がビッチのゲイだと思って……、ああいうの、慣れっこなんだと……」 「はぁっ!? えっ!? 本気で言ってたの!? その、その場の悪口ってことじゃなく!?」 「……うん」  噓でしょ? おれってば本当にそんな、アレな人間だと思われてたの? 「心外なんだけど……」 「だから、ゴメンって……」  心底申し訳なさそうにする芳に、おれは呆れながら唇を尖らせた。もう、なんでそんな勘違いしたんだよ。……スケベ。 「酷いよ……。おれ、芳しか知らないのに……」 「っ……。そう、らしいな」  芳の手が頬に触れる。ああ、でも、芳は……。 「でも、芳は、好きな人が出来たんだよね……」 「ぐっ……。それも言わなきゃダメかよ……。くそ、なんであんな勘違い……」  芳はなぜか、顔が真っ赤だった。 「あのな」 「うん……」 「あのな、恥ずかしいから、がっかりした顔すんな。俺が勘違いしてたのが悪かった。本当に、良輔のせいで変なことになったし」 「うん?」  芳は深呼吸して、コホンと咳払いした。 「あのな」 「うん」 「どうやら俺たち、最初からかみ合ってなかったらしい」  どういうこと?

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