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絆 4

「若林さん、お願いです! 僕をお父さんの元に連れて行って下さい。パスポートも持って来ました。一緒に飛び立てます!」  隣で項垂れていた想がスッと顔を上げて、お父さんの同僚だった人に訴えている。  その真剣な眼差しに、ハッとした。  ずっと病弱でベッドで俺を待っていた幼少期を思うと、泣けてくるよ。  想は強くなった。  心と身体をバランス良く保てるようになったんだ。 「しかし……カイロも今はあまり安全な場所とは……もし白石部長の最愛の息子さんにまで何かあったら、俺はもう生きていけない……」 「大丈夫、何も起きません。起きるとしたら奇跡だけです!」  想の大人びた横顔は、凜々しかった。    俺も負けていられない。  想をしっかりサポートしたい。 「想、行ってこい! こっちサイドは全部俺に任せて、想は飛び立て」  想の瞳が一瞬揺らぐ。   「駿……行っても、いいの?」 「当たり前だ。お父さんが呼んでいるんだろう?」 「うん、さっきから届くんだ……お父さんの声が」  想の言葉を信じているから、送り出せる。  周囲がまた騒然とする。 「白石部長の詳しい情報がやっと入ってきました。あっ……息子さんが……まずいか」  想を見て、周りが気遣うように声を潜めた。  何か悪いニュースなのか。  俺の心臓も張り裂けそうだ。  想が立ち下がり、真っ直ぐに問いかける。   「聞かせて下さい。包み隠さずに全てを」 「……いいんですか。ショックを受けられるかも」 「どうかお願いします。大切な父親のことです。父の容体を教えて下さい」 暫しの沈黙の後、告げられた言葉は重かった。 「白石部長は現在カイロ市内の病院で、意識不明の重体です。足を銃撃され出血多量で予断を許さない状態です」 「お、お父さん……」  想が息を呑む。  俺は一瞬ふらついた想の肩を、しっかり支えてやった。 「とにかく今すぐ若林を現地に向かわせますので、ご家族の方は日本で待機して下さい」  想が頭を振る。 「いいえ!いいえ……僕も行きます! お父さんが呼んでいるんです、僕を」 「え……それは……」 「お願いします。非常事態です、どうにか……」  想が頭を下げる。  想の意志は固かった。  俺には咄嗟に真似出来ないかもしれない。  冷静に、でもひしひしと感情を張り巡らせ、お父さんの元へ飛び立とうとする様子に感動してしまった。   そこにお父さんの部下の若林さんが加勢する。 「想くん、俺と一緒に飛び立ちましょう! 君をお父さんの元に連れて行くのが、俺の使命だと気付きました」 「あ……ありがとうございます」  想の願いは通じた。  会社が尽力してくれ特別な計らいで、今日のカイロ行きの飛行機に急遽乗れ、入国出来ることになった。 「想くん、空港に向かいましょう」 「駿……行ってくるよ」 「あぁ、空港まで見送らせてくれ」 「うん、ありがとう。心強いよ」  成田国際空港。 カイロまでの飛行時間は、約14時間にも及ぶ。  想は搭乗手続き開始までの待ち時間、ベンチに座ってじっとしていた。 「若林さん、想をどうか頼みます」 「本当は……君も行きたいんじゃないか」 「俺にはやるべき事がありますので。想のお父さんが赴任する日に『想を守る』と約束をしました。想がカイロに向かう今、想が守りたいものを守るのが俺の役目です。想の家とお母さんを日本でサポートします。想が安心してカイロでお父さんに会えるように」 「いいね……白石さんは、いつも君のことも話していたよ」 「えっ」  それは想定外だった。 「『特別なことを教えてやろう。実は俺には息子がもう一人いる』ってね」 「そんなことを……」 「もう一人も頼もしい息子だから、安心して任せてきたよと……仰っていたよ」  涙を堪えるにも限度がある。  想のお父さんに、そこまで信じてもらえていたなんて。 「俺には想くんと駿くんの強くて固い絆が見えるよ。君の大切な想くんを絶対に守る。そして白石部長と一緒に元気に戻ってくるよ」 「どうか、どうか……お願いします」  そこに『間もなく搭乗手続き開始時刻です』とアナウンスが入る。 「駿、じゃあ……行ってくるよ。僕は必ず元気なお父さんを連れて帰ってくるよ」 「あぁ、待っている。必ず帰って来い」 「もちろんだよ。駿の傍にちゃんと戻ってくるから」  それから抱擁。  あまりに自然に抱き合ったので、通行人は誰も気にしていなかった。  耳元で囁くのは、愛の言葉。 「想、愛している」 「駿、僕もだよ。僕も愛している。どうか待っていて」  夜空に飛び立つ飛行機が雲に消えて行くまで、しっかり見送った。  もうあの日のような悲しさはない。  あるのは、想への果てしない愛。  想の家族への愛。  留守中を守り抜く使命だ。 「さぁ、俺がやるべきことをやろう!」  

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