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第1話

 赤、紫、白。濃く色付いた花が天城の前に差し出されている。 「なにこれ」 「なにって、花束」  そういうことを聞いてるんじゃないんだけどと花束を差し出しいている相手を見るが、相手は逆になにを当たり前なことを聞いているんたとでも言いたげに首を傾げた。 「駅の中に花屋があるだろ? あそこに綺麗な花束がずらっと並んでてさ。目に付いたから一つ買ってみた。やるよ」 「ふうん。まあ、ありがと」  受け取った花束を改めて見る。アネモネの花だ。赤と紫と白のアネモネが品良く小さな花束にまとめられている。 「花束なんて初めて貰ったけど、結構嬉しいね」 「そうか、なら良かった」 「まあお前は上げ馴れてるんだろうけど、伊達男」 「んなわけあるか。そりゃお前の方だようよ優男」  女性へのプレゼントを想定してあるのだろう花束は、淡いピンクの紙に包まれリボンまで付けられている。 「……なあ、シノ」  呼ばれて、シノは薄手のコートを脱いでいた手を止めて振り返った。 「アネモネの花言葉って知ってる?」 「や、知らないけど。天城知ってんのか?」  シノは、きっとこの花がアネモネだという事も知らないで買っているのだろう。 「姉さんが花言葉の本を持っててね、暇な時に読んだ事がある」  その本を覚えるほど読み込んだわけではなかったが、アネモネは可愛らしい姿に似つかわしくない花言葉で、その由来となった伝説とともに印象に残っていた。 「アネモネの花言葉は『見捨てられた』『恋の苦しみ』。フラれたばっかの俺にはピッタリってわけ」  別に嫌味を言うつもりではなかったのに、つい相手の好意を踏みにじる言葉が出てしまい、すぐに後悔して口を噤む。 「……天城」  花束を握りしめていた手を、その上からそっと包まれる。 「そろそろ俺にしとけよ」  その声は優しくて、甘やかされそうになる。天城は唇を噛み締めて首を横に振った。 「……やだ」 「意地張んなよ」 「そういうんじゃなくて。だって、今お前を選んだら流されてるみたいじゃんか」 「それを意地張ってるっつーんだよ」 「いたっ」  デコピンされて、予想以上の強さに額を押さえて上を睨む。でも返されたのは微笑みだった。ずるい。 「……俺、めんどくさいよ」 「知ってるから安心しろよ」  ずるい。ずるい。そんな風に言われてしまったら、断る理由がなくなってしまう。諦めにも似たため息を吐きながら、ぽすっとシノの胸にもたれかかる。 「はぁ……結局お前か……」 「ま、これからも長々と頼むよ」 「……こちらこそ」  手の中のアネモネの花たちは無邪気に咲き誇っている。

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