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節分の鬼

「なあ、何このケーキ?」  二月三日、緋嶺(あかね)はリビングのちゃぶ台に乗った、小さなホールケーキを指さした。朝起きてここに来たら置いてあったので、鷹使(たかし)が置いたのだろうけど、ケーキを食べるようなイベントなんてあったかな、と緋嶺は首を傾げる。 「何言ってるんだ、今日は節分の日だろう」  お盆にお茶を持ってきた鷹使に、当然のように言われて緋嶺はしばし考えた。それでも答えが見つからず、何で? とまた問うと鷹使はため息をついた。 「……ロウソクは、二十一本で良いか?」  緋嶺の質問には直接答えない鷹使。ホールケーキと言えども、こんな小さなものに二十一本も刺さらないだろう、と思ったところで気が付いた。  カーッと顔が熱くなる。  緋嶺のその様子に、やっと気付いたか、と鷹使はため息をついた。 「鬼が節分に誕生日とか、シャレか?」 「しょーがないだろっ、本当の事なんだしっ」  そう言えば施設でも、節分の豆まきがメインで、誕生日はそのついでのような形でやることが多かった。だから仕事仲間でお祝いされた時は、とても嬉しかったのだと今になって思う。 「鷹使……」  緋嶺は恋人……もとい伴侶を見上げた。口を開けば嫌味だったり、人を馬鹿にしたような物言いが多い彼だけれど、誰よりも緋嶺の心を知っている。 「……惚れ直したか?」  ニヤリと笑う鷹使はワザとだ。緋嶺は緩みかけていた顔を引き締め、別に、とそっぽを向いた。 「じゃあ、ケーキの三分の一はお前な」 「は? 何でだよ? 俺が主役なんだから、俺が全部食う」  涼しい顔をして甘党な鷹使は、不平等なケーキの取り分を提示してきた。緋嶺も負けじと対抗する。 「そうか。なら全部食え」  しかし緋嶺の言葉を鷹使は流した。肩透かしを食らったような緋嶺は、バツが悪そうに顔を顰めて、分かったよ、と両手を挙げる。 「半分な!」  緋嶺がそう言うと、鷹使はクスクスと笑った。つくづく読まれてるな、とまた顔が熱くなり、彼の肩に軽くグーパンチをする。 「やめろ、お茶がこぼれる」 「アンタが俺をからかわなければいい」  そんなことを言いながらも、鷹使はどこか楽しそうだ。腰まで伸びた金髪がさらりと落ちて、彼がお盆をちゃぶ台に置いたことに気付いた。  そのタイミングを見計らって、緋嶺は彼の腰に腕を回す。 「……どうした?」 「別に……」  鷹使はまた笑った。けれど緋嶺と同じように腕を回してくれたので、緋嶺はしばらくその温もりを堪能する。 「ケーキ、食べないのか?」 「……この状態でそれを聞くとか……アンタ本当に意地が悪い」  多分珍しく甘えた緋嶺をからかいたいのだろう。鷹使は抱きしめた腕に力を込めると、緋嶺の頭に唇を付けた。 「……なあ、来年も……こうやってお祝いしてくれるか?」  鷹使の甘い仕草に照れくさくなって、彼の胸に顔をうずめて呟くと、鷹使は緋嶺の頭を優しく撫でてくれる。 「もちろん。来年はもっと大きいケーキにするか?」 「……これくらいでいい」  緋嶺は口を尖らせると、やはりクスクスと笑った鷹使は緋嶺の背中を軽く、ポンポンと叩いた。 「食べるぞ」 「うん。……でも」  緋嶺は顔を上げる。鷹使の綺麗な琥珀の瞳とぶつかって、緋嶺はそっと目を閉じた。  柔らかくて温かい感覚と気持ちが緋嶺を包み、意識を溶かしていく。  来年も、お祝いできますように。  緋嶺はそんなことを思いながら、甘い蜜の味を堪能したのだった。 (終)

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