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第1話

「今回も大盛況だね~」 「そっすねぇ~」  俺の手元には、お目当ての相手の番号が書かれた簡素な紙の山。  アルファとオメガの婚活をメインとした、お見合いパーティーを主催する会社に勤めて3年。昔に比べて、オメガの行動は随分と大胆になった。  過去にはオメガ性を理由に死を選ぶ者もいたというのに、数年前に定められた法改正が大きく影響しているのか、今やその性を自身の魅力として曝け出す者も多い。  もともと容姿の造りが繊細であるオメガは、いまやどの性からもお声がかかる人気の性だ。 「しかし今回は一段と凄かったね」 「そっすねぇ~」 「あ、ほらまた24番指定だよぉ?」 「今回参加のオメガさん達は、今日来たことを後悔してるでしょうね」 「で、その24番の回答は出てきた? 誰か指名してる?」 「んー、まだ出てこないッスねぇ」  会社の先輩──那須川(なすかわ)の手元にはアルファの回答、俺の手にはオメガの回答。先ほどから先輩が開くアルファの回答のほとんどが、24番指名。 「あっ、24番来た!」 「なになになになにっ、何番指定!?」 「え……ぇ、ええっ?」 「ほっ、おお…………」  今回の婚活パーティーは、この3年間で一番異例なものだった。その原因はやはり24番、オメガの男性だ。  その人が会場に現れた時、その場の空気が一瞬でガラリと変わった。いや、そうなることはなんとなく予測していた。  俺は初めてその男に会った日のことを思い出す。  一応俺の会社【バースマッチングサポート】略してVMSは会員制になっていて、必ず一度は面談を行うので、俺は事前にこの24番──天沢(あまさわ)カイリと会っていた。  VMSの社員は全員ベータ。番のいないアルファやオメガの香りに惑わされ、間違いが起きないようにする為だ。それでも、その日の会社は酷いものだった。 『10時に予約した、天沢カイリだ』  見た目にそぐわぬ、少し低めの声がその場の人間の耳を嬲る。  腰まである亜麻色の長い髪、同じ色の長いまつ毛に縁取られた瞳は、光を吸い込むと金色に光る。  肌も透けるように白く、ツンと高い鼻の下にある唇は瑞々しい花の様に色付いていて艶めかしい。  小柄なタイプが多いオメガの中で、170ある俺が見上げなければいけない長身は少し珍しい。  今まで数多のオメガを見てきたが、こんなにも綺麗な人は生まれて初めて見た。その美しさは、ベータであるはずの社員が全員、思わず息を呑み動きを止めるほどで。  ───か、かっこいい…… 『……おい』  思わず見惚れた俺に相手が訝しんだ声を漏らした。 『あ、は、初めまして! た、担当の佐藤です。どうぞこちらに』 『……』  そこからの彼の言動は、何もかもが規格外の異例まみれ。面談を終えた後の俺然り、他の社員も、あまりの印象深さにその日はほとんど仕事が手につかなかった。    那須川が覗き込んだ俺の手元には、ようやく見つけた24番の回答が。しかしそこに書かれていたのは、アルファの番号ではなく……。 【佐藤】 「ねえ、これって……どう言う意味?」 「間違えて名前を書いちゃったとか……? 今回アルファに佐藤っていましたっけ」 「いないよ。今日いる佐藤は、佐藤隼太(とうはやた)くん……君だけだ」  那須川と無言で見つめ合う。そうして同時に首を横に振った。 「いやいや、無いっすわ」 「だよね。佐藤くん、まさにベータの王様だもんね」 「ベータの王様ってなんスか!?」  特徴の無い黒髪短髪の髪型は、高校生の時から変わっていない。  身長だって、体型だって、顔面偏差値だって可もなく不可もなく、幾らでもその辺にいそうな、一度会っただけでは直ぐに忘れ去られるような平凡な容姿は、まさにベータそのもの。  一度たりとも性を間違われたことがないそんな平凡を極める俺が、まさか本日一番の人気を攫う参加者から、指名されるはずがない。 「ちょっと、これは無かったことにしますか」 「そうだね……良い人が見つからなくて、腹いせに悪戯しちゃったのかも」 「……ですね」    また、同時に二人で溜め息をついた。 「でもヤバイですね。今回、久々のマッチング無しですよ」  24番の天沢カイリがごっそりとアルファの票を攫ってしまったことで、しかもその本人が全く参加者のアルファに興味を持たなかったことで、残念ながら今回はカップルが成立しなかった。 「残念だけどこんな日もあるよ。さ、お待たせしてるから発表に行こうか!」  立ち上がった那須川に続き、俺も重い腰を上げる。今日のアナウンスは、俺が担当だから非常に気が重かった。  そうして案の定、カップル不成立を伝えるとオメガ側からブーイングが起きた。 「ご静粛に! ご静粛に!」  那須川も必死になって抑えようとするが、安くもない会費を払っているのに、全員が空振りに終わったのだ。納得いかないだろう。しかしそれは、俺たちのせいではない。  このままでは埒があかないと、那須川から強制終了の合図が出されたのを見て、無理やり終わりの挨拶に入った……が、 「本日はこれにて終了させて頂きます! ご参加頂き誠にありがと──」 「返事をもらってない」  ───へ?  気付けば俺の目の前に、天沢カイリが立っていた。 「え……へ……」  天沢の声に反応して、会場が一気に静まる。 「俺の回答への返事は?」 「いや、あの……今回アルファの方々の中に『佐藤』様はおられず……」 「当たり前だろう、お前はベータだ」 「えっ」 「俺の目には、もうお前以外入らない」  白く長い指で頤を掬われた。強制的に合わされた視線。俺を見つめる瞳が金色に輝く。 「俺と、結婚を前提に付き合ってくれ」  その日、大勢のアルファとオメガに囲まれる中。皮肉なことにたった一組だけ、異例のカップルが成立したのだった。

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