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 スーツを着て通訳として仕事をする姿はとても恰好よくて、祐樹は密かに惚れ惚れしてしまうのだが、ラフなシャツとジーンズで中国人相手に交渉しているのも格好いいのだ。    今まで知らなかったそういう姿を自分自身で目の当たりにしてきたから、そんなふうに思うのかもしれない。  雲南省の工房めぐりの旅は祐樹に一種のカルチャーショックを与えていた。大量生産の工場とはまた違った世界がそこにはあった。  以前に訪ねた両面刺繍の工場もそうだったけれど、職人を育てていい商品を作りたいというぞぞむの気持ちが根底にあるから、櫻花公司の職人は丁寧な仕事をするし、それが売り上げにつながってさらにやる気を引き出すというプラスの循環ができているのだ。  もちろんそういう丁寧な手仕事の商品だけでは会社の利益が出ないので、大量生産の中国雑貨も数多く扱っている。日本に卸している商品はほとんどそうだが、中には職人の手仕事に興味を持ってアクセスしてくる会社もあるようだ。 「それはそうと、そっちはどうなの?」 「推して知るべし、だよ。新規立ち上げってこんな大変だったんだな」  孝弘は笑って言うが、現場で通訳として飛び回る孝弘の苦労は側で見ている祐樹にはよくわかっていた。 「でも孝弘がいると現場が落ち着くってみんな言ってるよ」 「落ち着く? どうして?」 「孝弘が動じないからじゃない? 青木さんがあわあわしてても孝弘は平気な顔してるから安心感があるんだと思う」  中国初赴任の青木は、赴任して以来カルチャーショックの連続で、目を白黒させながら仕事をこなしている。胃が痛いというのが最近の口癖だ。 「それはあれだな、慣れの問題だよね」  レオンがたっぷりの香草をたれに入れてかき混ぜながらふふっと笑う。 「青木さんて初めての中国赴任なんだってな」 「今までヨーロッパメインで駐在してきたから」 「そっか。それじゃあ最初はびっくりするよね」 「でもホント、いい経験になると思うよ」  孝弘のポジティブさは職場にもいい影響を与えていて、中国初駐在の青木がそれほど落ち込まずにやっていけているのは孝弘の存在が大きい。  大連事務所の現地スタッフも中国人の生活事情や考え方に詳しい孝弘には信頼を寄せている。  そうやって仕事場で見る孝弘はとても頼りがいがあって、4つも年下だとは思えないくらいだが、今日、櫻花公司で見た孝弘はまたイメージが違っていて、こっちが本当の孝弘なのかなと祐樹は思った。   いや、別に普段の孝弘が本当じゃないという意味ではないけど。  ああして感情を爆発させるところを初めて見たせいか、こうしてレオンと生き生きした顔で話しているのを見たせいか、そんなふうに思ってしまう。  やっぱり本当は自分で現場に行ったり交渉したりするのが楽しいんだろうな。通訳という仕事をそれなりに気に入っているだろうけど、自分の裁量で動くことはできない立場だ。  元々、大企業に入って安定した職場で働きたいという考えのない孝弘には、自分で動いて決定するというやり方が身についている。きっともどかしく思う時もあるに違いない。 「でもまあ、生活はしやすいよ」 「大連だったら北京より便利なんじゃないの?」 「街自体が全体的にこじんまりしてるから、移動は楽だよね」  レオンの質問に祐樹が答えた。 「海辺だし海鮮豊富でメシがうまいのが俺としては最高」 「それは言える。日系企業がたくさん来てるせいかな、日本食材も多いよね?」  孝弘とスーパーに買い物に行って、祐樹は商品の豊富さに驚いたのだ。 「二人は一緒には住んでないんだっけ?」 「ああ。さすがに別々に部屋くれた。でも同じフロアだから便利だよ」  どう便利なのかレオンは突っこんでこないで、よかったねーとにこにこしている。  大連に赴任して一番喜んだことは、社宅として同じマンションの同フロアの部屋を割り当てられたことだった。間に二つ部屋を挟んでいるがほとんど一緒に暮らしている状態だ。  こんなに近くで住むことになるとは思っていなかったので、本当にラッキーだった。青木は家族用のもっと広いマンションなので別棟だ。バッティングする危険もないので安心して部屋を訪ねあっている。 「いいね。ラブラブじゃん」  鍋をほぼ食べ終えて、雑炊食べる?と孝弘が祐樹に聞いた。 「雑炊? これに?」 「そう。留学生仲間でしゃぶしゃぶ食べるときは最後に日本風に雑炊作って食ってたんだ」 「へえ、食べたい。ここで作るの?」 「そう。レオンも食うだろ?」 「もちろん。あれ好きだよ」  孝弘は店員に白飯と生卵と刻み葱を頼んだ。メニューになくても適当に持って来てくれるところが中国の食堂のいいところだ。孝弘が雑炊を作るのを生卵を持って来た店員がちらちら見ていた。  できた雑炊をはふはふと食べて、ほこほこと体が温まって満足して店を出た。

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