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「祐樹の言いたいことわかるよ。大企業のいいとこもたくさんあるけど、じれったい時もあるよな」
「そうなんだよね。本社の決定と目の前の現実がかみ合わないことも多いし」
日本感覚で決められた計画ではスムーズにいかないことが多くて、現場はジレンマを感じることが多々ある。
ただ中国開発室の部長の緒方は現地事情をよく理解しているので、本社のあまりにも無茶な要求にはきちんと対応してくれる。自分の部署のトップに比較的話が通じるのは救いだ。
「緒方部長が本社にいるから助かってるけどな」
「それは言える。東南アジア部の崎田部長ってワンマンで現地の意見聞いてくれないって有名だけど、あんな人がトップだったら中国駐在員みんなキレてると思うよ」
緒方の二年先輩入社の崎田はライバル心があるらしく、とにかく売上目標を達成しろと現地の事情を汲んでくれずに無理を通すと言う。それでどうにかなってはいるが駐在員からの評判は悪い。
だが成績はいいので当然ながら本社の受けはいい。そんなだから緒方部長は手を抜いているとか現地に努力させてないとか嫌みばかりで大変なんだと祐樹は眉をひそめている。去年一年だけ本社勤務だった祐樹もそれを見聞きしたんだろう。
「本社は本社で大変なんだな」
ライバルと出世レースなんて世界とは無縁に過ごしてきた孝弘には「メンドくさそう」としか思えないが、同期や先輩後輩が何十人もいて、売上や営業成績でその人の評価が決まる社会にいればそんなふうになるのかもしれない。
「それに比べたら駐在員はある意味、気楽に過ごせるかもね。とりあえず目の前の仕事やってたら日々過ぎてっちゃう感じだし」
スタッフが少ないから職務範囲が広く、あれこれ忙しくてライバルがどうとか考えることがない。祐樹は自分の仕事に対しては厳しく目標管理をしているし、実は気が強いから中国人にも負けない交渉力がある。
孝弘は仕事で祐樹の側にいるようになって初めて、祐樹のそういう粘り強さや気の強さを実感した。
「そうかもな。特に今の中国は発展しようっていう勢いがすごいし。…日本の高度成長期ってこんな感じだったのかなって思うことある」
「うん、きっとそうだと思うよ」
向こう20年は大きな経済成長が見込める国だから、ビジネスチャンスを狙って中国進出してくる企業は多い。政府の強い後押しもあって海外からの投資額はうなぎのぼりだ。
その分、法律なども整備が追い付かず、それ以上に人々の仕事に対する意識や姿勢の違いからのトラブルも多いわけだが。
トラブルと言うなら昨年の香港返還時には一時的に市場がかなり混乱した。アジア全体にその影響は広く及んで各国のGDPは軒並み下がったが、中国本土に限って言うならそれほど大きく下落せず、今年の成長率は予想通りの回復ぶりだ。
勝利広場に着いた。地上はなんてことないただの広場だ。新しくオープンしたショッピングセンターは地下にある。
戦時中は防空壕だったとか地下通路だったとか武器庫があったとか諸説あるが、そのせいなのか迷路のような複雑な造りになっている。
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