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「明日、仕事終わってからちょっとつき合ってくれる?」
「いいよ、買い物?」
「いや、下見」
そう言って孝弘は仕事のあとにタクシーで大連駅前に祐樹を連れて行った。
「ここ?」
今は中華のファーストフード店が入っているその場所は、櫻花珈琲店の出店予定地だ。
間もなく今の契約が終了するのでその後を借りることになっている。孝弘の説明に祐樹はぐるりと店内を見渡した。
「へえ。わりと広いね」
「日本のコーヒーチェーンみたいな内装にしようかと思ってて。ビジネス街にあるコーヒーショップのイメージで、ちょっと落ち着いた感じの」
「ああ、うん。みやげ物は置かないんだっけ?」
「そう。大連はそんなに観光客も多くないし、手工芸品が売れる地域でもないだろうって。でも、珈琲豆とドリップセットを売る予定」
「いいね。自宅でも飲む習慣がつけば豆も買うよね」
コーヒーを飲む習慣がほとんどないので、ドリッパーは持ってないのが普通だ。飲むとしたら瓶入りのインスタントコーヒーだが、それが絶望的においしくない。
「こっちのインスタント、マズイからなー。それしか飲んだことないから知らないだけで、一度ドリップしたの飲んでもらったら、気に入る人も多いと思う」
櫻花珈琲店は上海三店舗、北京二店舗がすでに開店していて、売り上げは順調に伸びている。大連では二店舗が開業予定だ。
「もう五店舗だもんね。あと昆明と大連、瀋陽だっけ?」
「そう。実は上海は年明けに追加で二店舗オープンしたんだ。うちを気に入って誘致してくれた人がいて、そうなるとあっという間に話が進むよ」
「へえ、評判いいんだ」
「ああ、やっぱ最初の店が成功すると後が出やすい。上海は立地も客層もいいしコーヒーも浸透してるし」
「すごいね、地域によってだいぶ違う?」
「違う。上海店はレオンの友人のデザイナーに店作ってもらったんだ。都会的で高級志向な感じで、置いてる商品も螺鈿細工の家具とか壁掛けとか両面刺繍とかシックな雰囲気だし」
上海店はそういうコンセプトで店内を作って国内の富裕層からかなり注目された。観光客も多いが、日常の売上は中国人の比率が高い。
「いい仕入れ先が見つかったから、フードメニューも出したのが大きいんだと思う」
「そうなんだ。仕入れ先次第ってあるよね。大連はどうするの?」
「開発区の店はそんなに広くないんだ。けどほとんどオフィスで飲むだろうから、駐在員向けにテイクアウトメインでいこうかって。パンかサンドイッチくらい置きたいところだな」
「へえ。店できたら買いにいこ」
「家で同じのが飲めるのに」
「店で買いたいの。孝弘だって行くでしょ?」
「まあな。売上げあげたいし。ぞぞむも言ってたんだけど、こうして店舗持つと今までと感覚が変わるよ」
「どう違う?」
「んー、経営してるって感じが強くなった、かな」
今までは櫻花貿易公司という名前の通り、貿易会社として商品の売買がメインだった。孝弘が任されていたのは買付け交渉や発注関係が多かった。でも店舗を持ったら経営戦略が変わるのは当然で、意識が変わるのも当然だ。
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