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「おかえり」  そう言ってリビングで迎えてくれた祐樹に抱きついた。 「どうしたの? 酔った?」  背中に腕を回して、片手で髪を撫でてくれるのが気持ちいい。 「ううん。いいなーと思って」 「何が?」 「おかえりって言ってもらうのが」  孝弘の腕の中で祐樹はにっこりする。  少し酔っているのか、目のふちがちょっと赤くなっているのが色っぽい。 「なんだろうな、子供の時を思い出すのかな。おかえりって響きがすごく懐かしいような気持ちになるときがある」  酔ってんのかなと思う。こんな話をしたことはないのだけど。でも祐樹は微笑んだまま、もう一度孝弘の背中を抱きしめた。 「それってお母さんの思い出?」  気遣いのこもった声で祐樹が訊ねた。 「うーん、どうだろ。母親と暮らしたのは九歳までだけど、正直そんなに覚えてないんだ。その後、会ってないから」  祐樹には両親が離婚して父に引き取られたとしか話していない。 「そうなんだ」  祐樹が質問していいのかどうか迷う気配を感じて、孝弘から口を開いた。 「離婚する前の5年くらい、父親は海外単身赴任してたんだ。東南アジアの田舎だったから母親はまだ小さい俺を連れての赴任は不安で嫌だって言ったらしい。でも日本で寂しかったのか恋人ができて、しかも妊娠しちゃって、それで離婚になったんだって」  高校生くらいになってから、親戚に聞いた話だ。  母の不倫相手は責任を取って結婚することは承諾したが、孝弘を連れてくることは拒んだという。そんな状況の離婚だったから母からは一切連絡しないという条件で孝弘は父に引き取られた。  もうそれほど小さい子供ではなかったからつきっきりの世話は必要ではなかったものの、父子二人の日常生活を支えるために父は孝弘の中学卒業まで家政婦を雇った。  だから孝弘は暗い家に帰ったことがないし、夕食を一人きりでレトルトを食べたということもない。家政婦への依頼には一緒に食事をして話をすることまで含まれていたのだ。 「そうなんだ。いいお父さんだね」 「うん。俺のこと、心配したんだと思う。自分は海外にいて子育てに関わってこなかったのに、いきなり息子と二人でやっていけるんだろうかって」  海外赴任を終えて帰国と同時に妻の不倫、妊娠が発覚して離婚になり、息子と二人暮らしが始まったのだ。当時の父親の心境や態度がどうだったか、子供だった孝弘はまったく覚えていないが、今考えてみれば大変だっただろうと想像がつく。 「だから俺の「おかえり」は家政婦さんたちが毎日言ってくれた記憶なんだと思うけど、なんだろう、やっぱり嬉しい感じがするんだ」  家で誰かが帰りを待っているという安心感だろうか。ここにいていいよ、帰って来ていいよという拠り所。それが「おかえり」という言葉にはこめられている。 「うん、おかえり、孝弘」  祐樹が少し伸びあがってキスをした。 「いつも帰ってきて、おれのとこに」  抱き合ったまま何度も口づけられて、ほこほこと気持ちが温かくなる。  気の合う友人と楽しくおいしいご飯を食べて、部屋に戻れば恋人が一緒で。外は零下の冷え込みだけど気持ちはとても満たされていた。 「うん、ずっと一緒にいよう」  そう囁いて、孝弘は祐樹の耳元にキスをする。

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