48 / 398

やっとのふたりの時間(1)

「カオル、起きて」 テーブルに突っ伏して寝てしまっていた僕を、 サエゾウが叩き起こした。 「帰るよ!」 「…うーん…」 僕がかったるそうに顔をあげると、 泥酔打上げは、お開きになっていた。 テーブルの上は粗方片付いていた。 ハルトとショウヤは、もう居なかった。 シルクは、ちゃっかり布団を敷いて寝ていた。 僕もココで寝たいです… 本気でそう思ったんだが… 有言実行のサエゾウは、無理やり僕に支度をさせた。 「…絶対連れて帰るー」 「…」 僕はサエゾウとカイに、半ば強引に連れ出されて… シルクの住まいを後にした。 すっかり夜も更けて。人通りも少ない道中を 僕らは、ややフラつきながら歩いていった。 やがてカイの店の前に来た。 まだ看板の電気がついていた。 「俺、今日は店に泊まるわ」 「あ、そう…」 じゃー僕も、ココでいいです… また僕は、本気でそう思ったが… サエゾウは、僕の腕を離さなかった。 「…ここは譲らないと、フェアじゃないからな」 カイはそう言って、僕の肩を叩いた。 「気をつけろよー」 「ほーい」 サエゾウは、元気に返事をして、 僕の腕をしっかり掴んで、歩き出した。 僕も致し方なく…彼について行った。 「夜風が気持ちいいなー」 サエゾウが言った。 「…そうですね…」 僕は空を見上げた。 反対に少しだけ欠けた月が… ちょうど空のてっぺん辺りに浮かんでいた。 「月がきれい…」 それを聞いてサエゾウも空を見上げた… 「この形の月って、何て呼ぶんだろうねー」 サエゾウがボソッと言った。 「三日月とか満月とかって、歌詞によく出てくるけど、この形の月って…無いよね」 そう言えば… 月がテーマの曲があったっけなー かく言う僕の作った曲にも、 しょっちゅう月が出てくる気がするし… 僕らは、とある公園に差し掛かった。 「ちょっと休憩しよ」 そう言ってサエゾウは… その一角のベンチに座った。 僕も隣に腰掛けた。 プシュッ… と、サエゾウが…ハイボール缶を開けた。 どっから持ってきたんだか… だいぶ振り回されてたそれは、 開け口からシュワーっと泡が溢れ出た。 彼は気にせず、ゴクゴクと少し飲んでから… 僕にそれを差し出した。 黙って受け取り… 僕もゴクゴクと、飲んだ。 ふと、思い出して…僕は言った。 「宵待ちとか、寝待ち…とか言うんじゃなかったでしたっけ…」 「…ん?」 「…この形の月…」 「…おおー、そうだわ」 「もうちょっとすると、下弦の月…ですね」 「なるほどー、頭良いな、お前」 僕らは改めて…その月を見上げた。 サエゾウは、またハイボール缶を飲みながら… 僕の手を握ってきた。 「…今のこの時間を…曲にしたい」 「…」 「そしたらお前…歌詞乗せてくれる?」 「…」 宵待ちの月の歌… 演歌っぽい歌詞になっちゃいそうだけどな… 「…ちなみに、あの最後の曲は…俺の曲だからね」 「えええーそうだったんですねー」 ちょっと意外だった。 こんな、お祭りサエゾウが、 あんなメロディアスな、深い曲を作るんだ… 彼はまた僕に、ハイボール缶を渡した。 僕はまたそれを、ひと口飲んだ。 「満月の日に、帰り損ねたみたいなイメージかな…」 サエゾウは、僕の横顔をマジマジ見ながら言った。 「和装っぽい衣装も似合いそうだよね、お前…」 「…」 「…浴衣、あったよな…確か…」 何やら勝手に色々、 妄想が進んでるようですけど… 僕は、サエゾウの方を向いて、 ハイボール缶を差し出した。 彼はそれを受け取りながら… 僕に顔を近づけて…口付けた。 「…んっ」 ゆっくり口を離れたサエゾウは… 突然…僕に向かって訊いてきた。 「どっから来たの?」 は? 「…どこに、帰りたいの…?」 いや、シルクんちから来て… ホントは家に帰りたいけど、 サエさんち向かう途中ですよね今… 「…そんな悲しい顔しないで。次の満月の日まで、俺がお前を守ってあげる」 「…」 そしてハイボール缶を一気に飲み干すと、 サエゾウは、それをベンチの隣のゴミ箱捨てた。 そして、僕の手を取って立ち上がった。 「次の満月の日まで…俺が可愛がってあげる」 そのハイボール… もしかして何か変なもん入ってたんですかね… ニヤッと笑って彼は、 僕の耳元で、囁くように…続けた。 「二度と帰りたくない身体にしてあげる…」 「…」 僕は、少しだけ…胸がドキっと締めつけられて、 身体のどこかが熱くなった。 そんな僕の表情を見て、 サエゾウは、しれっと素に戻った。 「そんな感じでいこうー」 もー何なのよー このオカシイ即興演劇部員は…

ともだちにシェアしよう!