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心機一転のリハ(1)
そしてまた、リハの日がやってきた。
前回、僕が全然ダメだった、僕の曲と…
例のサエゾウの新曲、
宵待ちの月の人の曲を合わせてみるっていうのが、
その日の大きな課題だった。
「おはようございます…」
僕はいつものように、重いドアを開けた。
「おはよう…」
「カオルー」
サエゾウが駆け寄ってきた。
「もう大丈夫?元気になった?」
「…はい…おかけ様で…」
「ハイボールでいい?」
カウンターの中から、カイも声をかけた。
「はい」
僕はカウンターに座って、煙草に火をつけた。
もう、クラクラしなくなっていた。
「おはようございますー」
言いながらシルクが入ってきた。
「おう」
「おはよー」
煙草を吹かしている僕を見て、シルクは言った。
「煙草吸えるようになっちゃったの?」
「…うん」
「コレを機に止めたらよかったのに…」
「それはいい…」
僕が、やっぱり煙草を止めたくなかったのには、
少しだけ理由があった。
数ある銘柄の中で…
僕が愛用しているの煙草が、
実はシルクと同じ物だったのだ。
「ま、俺としては…お前が吸っててくれた方が、何かと便利だけどなー」
うっかり忘れたときとかね。
そして、シルクもセッティングを始めた。
カウンターの中のカイが言った。
「こないだ、カオルが帰った後に何回か練習したから、カオルの曲は、割と固まってると思うよ」
「そうなんですね…ありがとうございます」
「今日は気持ち良く歌えるといいな」
「…はい」
僕も、煙草を揉み消して…マイクの方へ向かった。
カイも、スティックを持って、
ドラムの所へ行った。
僕は内心、まだまだ不安でいっぱいだった。
今日はちゃんと…
皆の音を感じられるだろうか…
僕は…
真夜中の庭へ…行けるのだろうか…
「準備できたら、やってみようか…」
カイが言った。
「オッケーよ」
「うん」
「カオルは?」
「…はい…大丈夫…です」
「じゃ、いくよ…」
そして…カイのカウントで、曲が始まった。
最初の時計のドラムは…
リムショットだった。
そこへリズミカルに、ベースのリフが乗っていった。
パッと僕の目の前に…
どこかの外国の家の…玄関を入ってすぐの正面に、
大きな振り子の時計が見えた。
…その奥に、小さな扉が見える。
それこそ、真夜中の庭へ通じる扉だった。
僕は、カイとシルクに背中を押されながら…
その扉に手をかけた。
今夜は…どんな季節シーズンで
迎えてくれるのだろう…
というブレイクのあとに、
サエゾウのギターも加わった、
賑やかなサビに突入した。
彼らのサウンドを背に…
僕がその扉を開けると…
ああ…そこには、あるはずのない
とても美しい庭が広がっていた。
そして僕は毎晩
その庭の住人である彼と遊ぶのだ。
それは春だったり…夏だったり…
雪が降っていたりする…
その日が、果たしてどの季節なのか、
開けてみないと分からないのだ…
妖しいギターソロは、
まさに、そんな異次元空間を…
僕に、行ったり来たりさせてくれた。
そして最後のサビを歌いながら…
僕は真夜中の庭で…
彼らに身体を預けていた。
あ…ああ…気持ちいい…
こんなに気持ち良く…
この庭で、歌えたことは、
前のバンドでは無かった。
やっぱり、この人たちはすごい。
僕は、心の底からそう思った、
そして…楽しい時間は終わった。
最後はまた、時計の音になり…
まるでフェイドアウトのように、
徐々に音が弱くなって…
曲が、ストンと終わった。
「…」
僕は、マイクを握りしめたまま…
上を向いて、目を閉じた。
シルクとサエゾウが、両側から僕を見た。
もちろん、カイも見た。
「…どう…だった?」
「入れた?」
「イけた?」
「…」
僕はゆっくり目を開けて…
3人を順番に、見回した。
そして少し笑って、言った。
「行ってこれました…」
「あああーよかったよ〜」
サエゾウは、ギターを持ったまま、
僕に抱きついた。
「すーっごく…気持ち良かったです!」
「そっか…」
シルクも、僕の頭を撫でた。
手の届かないカイも、
とてもホッとした顔をして、僕を見てくれていた。
「ホントに…皆さんのおかげです…」
僕は嬉し過ぎて…少し涙が出た。
そして彼らは、しれっと続けた。
「よし、じゃあもう何回かやってみよう」
「そーだね、今度は勃たせないと…」
「もう容赦しないからねー」
あー
やっぱそうなっちゃうのね…
よかったんだか…どうなんだか…
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