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第24話

 しかし透は自立を目指すと決めたものの、まず何をしたらいいのか、検討もつかなかった。そもそもまともに職が続かない透だ、自分に合った仕事なんて、分かるはずもなく。  とりあえず、手当り次第に当たって見るものの、往々にして見るからにブラック企業な所ばかりで、何度も圧迫面接を受ける羽目になった。 (しんちゃんの言う通りだ。圧迫面接をする所はろくな会社じゃない)  面接で疲れた心身を癒してくれる伸也は、そう励ましてくれた。このご時世じゃなくても、ホワイト企業を探し出すのは至難の業だ。ましてや、学歴も経験もない透が、そこに辿り着くにはやはり、数を打つしかない。  そう思って、就職しやすいであろう、介護系のバイト面接を受けた。この業界なら引く手あまただし、経験を積みながら資格も取れる。絡まれやすいところは多少目をつむれば、キツかろうが自立の為だと奮い立たせて面接に向かったのだが。 「え、既往歴……?」 「そう。こういう所は感染症が広がると厄介ですから」  正面に座る、いかにも神経質そうな顔の女性担当はそう言った。確かに、彼女の言うことはもっともだけれど、透は言葉以外に含まれたニュアンスに、嫌な予感を覚える。 「精神疾患はもちろん、見た目で病気と分かる方はお断りしています。利用者にどんな影響があるか分からないので」  透はああ、これも圧迫面接の一種か、とやる気が萎れていくのが分かった。 「けれど、有能な方には来ていただきたいので、なるべく面接の時点で、不安の芽は摘み取ることにしています」  それで、既往歴は? と尋ねる彼女。透は正直に話すか迷った。仕事をする上で気を付けることは、血液を触らないことぐらいだから、それくらいはこの施設もしているだろう、と透は話すことにする。 「えっと……B型肝炎ウイルスに感染していますが、普通の生活では……」  透が最後まで言い終わる前に、女性は素早くマスクを付け始めた。そして立ち上がると、部屋の隅に移動して、透を睨みつける。 「ここにウイルスを持ち込んだらって、たった今話しましたよね!?」  そして近くにあった棚から、ゴム手袋に消毒液、ペーパータオルを出している。透は呆気に取られていると、何をしているんですか、と怒鳴られた。 「早く出て行ってください! 消毒するんで。……ああ、机も椅子も処分ですよ、これは!」 「ちょっと待ってください。そこまでしなくても……」 「喋らないで! ウイルスが飛ぶ! しかもあなたホモ? だめよ、絶対だめ! 出て行って!」  彼女は透をホモ呼ばわりするあたり、B型肝炎ウイルスが性交渉で感染することは知っていたようだ。しかし彼女にはそれ以外の知識は入っていないらしい。異性間の性交渉、母子間、注射器などの使い回しでも感染すると言うのに。 「最悪だわ……。あなたのような人間が、周りに迷惑をかけてるのよ。ほんと、いなくなればいいのに……早く出て行って」  心底嫌そうに吐き捨てる女性担当者。透は立ち上がると、まだ部屋の隅から動かない女性に一礼して部屋を出た。そして、下だけを見ながら施設を出る。  心臓が早く脈打っていて苦しい。顔が熱くて頭がボーッとする。これはよくない兆候だ、早く家に帰らないと。  しかし、透の意識はそこでふつりと消えてしまった。  ◇◇ 「──透……っ!」  次には伸也の声で目が覚めた。なかなか浮上してこない意識で見ると、左手が高く挙げられ、強い力で圧迫されている。 「意識戻った? 救急車呼んでるから、もう少し頑張って」  そう言われて、伸也の自宅の浴室にいることに気付いた。透はまた、無意識に自分を傷付けてしまったらしい。 「しんちゃん……ごめん……」 「謝らなくていい。……救急車、遅いな……」  どうやら深く切ってしまったらしく、なかなか血が止まらないようだ。伸也の声に焦りが見えて、透は伸也を見上げる。けれど伸也は、透と視線が合うと、微笑んだのだ。 「大丈夫。ガーゼは無かったけど洗いたてのタオルだし、予備の掃除用ゴム手袋もしてる」 「……気付いてたの?」  何に、とは言わずに透は呟く。伸也はまあ、と今度は苦笑した。知らなくてこの対応なら素晴らしいの一言だけれど、伸也は慌てる様子をあまり見せていない。 「暑い時期でも長袖着てて、あれだけ毎日自暴自棄になってたらね。それも僕の責任かなって」  遠くで救急車のサイレンの音が聞こえ始めた。伸也は幾分か、ホッとした表情になる。 「透は昔から、ストレスを感じると意識がどこかに行っちゃう感じがしてたから。抱きしめると戻って来てたから、ずっとそうしてたんだけど……」  僕が突き放したばっかりに、と伸也は眉を下げた。まさか、伸也がそこまで気付いていたなんて、と目を丸くしていると、今日はたまたま、忘れ物をして家に戻って来たから間に合ったんだ、と彼は苦笑する。 「さあ透、自分で傷口押さえられる? 救急隊員さんを誘導しないと」  伸也はそう言い、傷口の圧迫を透に託す。ちょっと離れるけど、大丈夫だからねとゴム手袋を取り、浴室を出て行った。

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