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【幕間2】帰宅後の話
(温泉から帰宅したあとの話)
クリーム色の外壁は、二人の帰宅を和やかな空気で迎えた。
温泉宿のような豪奢な部屋もいいけれど、慣れ親しんだ我が家もまた格別なものだ。
国近が玄関の扉を開けると、美斗はほっと息を吐いた。
玄関先に国近が紙袋の束を置く。
世話になった人たちへのお土産がその中にはいっぱい詰まっていた。
柏木さん(父の方)は見かけによらず甘党らしい。柚子皮の入った温泉まんじゅうを二人で選んだ。大志の方は甘いものを好まないと聞いたことがある。地元で有名なコーヒー豆を抜粋して、一ノ瀬さんにも同じものを包んだ。
都築さんはすぐに会えるのか分からなかったから、保存の効く日本酒を一本買った。
あれやこれやと言い合いながら商品を選んでいる時間は、穏やかでとても幸せな時間だった。
なんだか紙袋の中に、思い出も一緒に詰まっているみたいだ。
……。
それは……。
ともかくとして……。
リビングの方へと向かう背中を、きゅっと掴んで引き留める。
「……ん?」
穏やかな瞳が、肩越しに美斗を見つめた。
微かに赤く染まった頬を隠して、美斗は唇を小さく開く。
「あの……おれ、ちゃんと我慢した」
昨晩は結局一度しか出させてもらえてない。
宿にいる間は平気だったけれど、帰路についてからは思い出すたびに奥が疼いて仕方なかった。
これ以上は耐えられない。
「シーツ、もう汚しても平気だろ」
半ば投げやりにそう訴える。頭上から返答はなかった。
「だ、だから……。あの、え、と……」
顔に熱が溜まっていった。
どきどきと脈打つ鼓動を聞かないようにして、美斗はシャツを握る指先に力を込めた。
「もっかい、して……ほし……」
「……するだけか?」
「ち、ちが!」
この期に及んでまだ意地悪をする気らしい。思わず顔を上げると、細められた瞳と目が合った。
「ちゃ、ちゃんと……。ちゃんと、い、イかして」
震える声で、最後の言葉を伝える。ふっと、彼が微笑を漏らした。
「……いいよ」
ゆっくりと振り返って、優しく美斗の手を引いた。
「『おいで』」
*
「ひぁッ、あ、ぁあっ」
寝室のベッド。背中越しに抱きしめられた美斗が嬌声を上げる。
骨ばった手が、美斗の自身を握って上下に動かしていた。
そのまま動きを早くされると、甘い痺れが美斗の背中をかけた。
ああ。やっとだ。やっと許してもらえる。
「あ、あぁっ……!」
上擦った足先が宙を蹴る。解放を求めた熱が自身の中を登った。
しかし……。
「な、んで、ぁ、あっ、出なっ……!」
切なそうに震えているそれは、一滴の白濁も出してはくれなかった。
「ああ……」
肩口から国近が覗き込む。
「出さずにイってたから、癖になっちゃったんだな」
「へ?」
首を傾げる。もう上手く働くなった脳みそで、その言葉の意味を考える。国近の指が蕾の方へと伸びた。
「ひ」
思わず逃れようと腰が浮いた。
「ああ。こら」
すかさず国近の腕が腰に回されて。
「“Stay”」
その一言で、完全に動きが塞がれる。
「ひっ! や、やだ、やめ……」
「美斗。“Shush”」
「っ!」
黙れ。そう言われて、強制的に美斗の唇が閉じる。
そのまま声の出なくなった唇を震わせていると、『いい子』と頭を撫でられた。
「セーフワードは言ってもいいからな。声も出していい。でも言う気がないなら……」
「ひぅ」
ツプっと指先が蕾に差し込まれる。
「『やだ』も『やめて』も禁止だ」
――抵抗の言葉すらも封じられた。
「分かった?」
きゅっと喉奥が詰まった。生理的な涙が瞳に溜まっていく。
きっと酷いことをされる。それが分かっているのにセーフワードを言う気なんてさらさら出てこない。
美斗に残された選択肢は、従順にその言葉に頷くことだけだった。
「まだ柔いな」
国近の指先が奥へと侵入していく。
「ひっ、ひう、ぁ」
ナカを溶かすそれが、前立腺を押しつぶした。もう片方の手が勃ったままの自身に伸びて……。
あ。
ダメだ。これ。
――堕ちる。
*
淡い呼吸を繰り返しながら、もう何度目かの絶頂を迎える。細身の身体に白濁が落ちた。
とろんと蕩けた瞳が国近を見つめる。
どうやらまたSub Spaceに入っているみたいだ。
蕾は国近のものを咥えこんだまま離さない。
きゅうきゅうと締め付けられると、国近の吐息も熱くなった。
優しく腰を抱き上げて、膝の上に彼の身体を乗せる。
へにゃっと、肩口に彼の頭が落ちた。熱っぽい目で首筋を見つめて。
「はじめ、好き、だいすき」
ちゅ、ちゅと吸い始めた。薄桃色の小さな痕が刻まれる。
すっかり理性を無くしているらしい。
初めて入ったスペースに、昨晩は随分怖がっていた。心配だったけれど、この調子ならすぐに慣れるだろうか。
「……美斗が俺に首輪をつけるのか?」
一つ、二つと増えていく痕を彼の好きにさせて、国近は冗談めかして問いかける。
コテっと美斗が首を傾げた。ふわふわと頭を揺らすと、肩口に頭を預けて首を晒した。
「おれも、俺にもつけて」
ふっと笑って、国近は美斗の頭を撫でた。
首に触れられるのは怖いくせに、痕は欲しいのか。なんて意地らしくて可愛いのだろう。
そっと首筋に唇を滑らせる。
鎖骨のちょうど上辺り。ちゅ、と同じように痕を刻んだ。
*
次に目を覚ましたのは夕方だった。
相変わらず、美斗は国近の腕の中にいた。
視界の先。至近距離で国近がすよすよと寝息を立てている。
こいつの寝顔はレアだ。
ロングスリーパーな傾向のある美斗と違い、彼はショートスリーパーで、あまり長時間眠らなくても平気な性質らしい。
仕事柄朝も早く、夜も不規則なため、美斗が寝顔を見られる機会はほとんどない。
貴重な様子を瞳に焼き付けてやろうと、じっと見つめる。
そこで、ふと、彼の首筋に刻まれた無数の痕に気が付いた。
途端に甘い記憶が鮮明に蘇る。バッと同じ場所につけられた痕を隠して、ぶわっと美斗は顔を赤く染めた。
「(あ、あれ、俺なにやってるんだ)」
Sub Spaceというのは、入るとどうやら感情の制御が上手くできなくなってしまうらしい。
普段言えないことを、言わずに隠していることを、いともたやすく暴かれてしまう。
もっとしてほしい。毛髪から足の先に至るまで全てこいつのものだと分からせてほしい。そんな欲求が自分にあるなんて知らなかった。
いつか。
この首に彼の証をつけたいと思う日が来るのだろうか。
それは幸福なことだろうか。
うっすらと、彼の瞳が開く。
うとうとと揺れる目がこちらを見つめた。今日はなんだかずいぶんと気が抜けているみたいだ。
赤く染まった頬を隠して、美斗は俯いた。
国近は美斗から腕を離し、上体を軽く起こすとスマートフォンに手を伸ばした。その画面を数秒見つめ、くあっと欠伸交じりに頭を掻く。
「……今日は何か頼むか」
「……!」
それは甘美な響きだった。興味をそそられて、美斗は顔を上げる。
「俺、ピザ食べてみたい。宅配の」
「……」
一瞬、虚をつかれたような瞳が美斗を見つめた。
「あ、えと……いやか?」
と慌てて聞き返す。でも、それはすぐに解かれて、穏やかな笑みに変わった。
「……いや。いいよ」
ちょいちょいと手招きをされて、腕の中へと戻される。
「もう少し寝る。目が覚めたら一緒に選ぼう」
「……ん」
ぬくもりに包まれながら、美斗は首筋の痕が、もうしばらくの間消えなければいいと思った。
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