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第1話

 王太子殿下の伴侶選びの夜会が行われる事になったのは、ある夏の終わりの事だった。  僕も招かれたが、興味がまるでないため、欠席の返事を出した。  しかし、暑い。  王立図書館で借りた本を片手に、僕は涼める場所を探している。そうして暫く歩いた時、閑散としている食堂が目に入った。もう昼食時を過ぎているから、この時間帯ならば静かだろう。そう判断して、僕は食堂の中に入った。  窓際に席を見つけて、僕は飲み物を注文した。アイスティーを飲みながら、魔導書を読もうと決める。本日は休日だ。僕は普段、宮廷魔術師として王宮で働いている。この食堂も図書館も、王宮の敷地内にあるのだが、僕が普段勤務している場所はもう少し遠い旧宮殿にある。こちらの敷地は、主に騎士団が鍛錬をしている場所だ。 「あ」  僕が魔導書を捲り始めて少しした時、そんな声がした。僕は特別顔を上げる事はせずに、先を読み進める。 「ヴェル」  しかし名前を呼ばれたので、さすがに顔を上げた。すると僕の真後ろの椅子を引きながら、首だけで振り返っているキースの姿があった。キースと僕は、王立学院時代の同級生だ。キースは騎士科、僕は魔術師科だったが。 「久しぶりだな、元気だったか?」 「うん、まぁね」  精悍な顔つきのキースは、気のない僕の返事に対し、気分を害した様子もなく頷いた。キースはちょっと意地の悪いところはあるが、基本的に明るくて、周囲に人気がある輪の中心にいるタイプだ。一方の僕は、いてもいなくてもあまり気づかれないタイプだと思う。あまり人に声をかけられない。声をかけてくるのは、同じ宮廷魔術師のアクスだけだ。 「そう言えばヴェルって」 「うん?」 「アクスと付き合ってるのか?」  ……この誤解を受けるのは、珍しくはない。仕事もあるが、アクスは何故なのかほぼずっと僕のそばにいるからだ。朝職場で顔を合わせてから、帰路につくまでの間、休憩時も昼食時も、とにかく僕に構ってくる。懐かれているというのが正しいのか、あるいは親友関係という状態なのだろうとは思うが、僕は人付き合いが苦手なので、特別にアクスを意識した事は無い。あるいは好かれているのかもしれないと思う事は、確かにある。だがアクスは僕をタチだと思っている気がする。残念ながら、僕はネコだ。 「付き合ってないけど」  しかし誤解は解かなければ。僕が簡潔にそう答えると、キースが顎をわずかに持ち上げて、じっと僕を見た。その探るような瞳に、僕は嘆息する。 「僕には嘘を吐くメリットが無い」 「ま、それはそうだろうな。いや、そうじゃなく」 「まだ何か?」 「今夜は夜会だろ? 恋人がいる場合は同伴する」 「そうだね。僕は欠席する事にしたけど」 「何か予定があるのか?」 「賑々しい場所が好きじゃないだけだよ」 「つまり、予定はないんだな?」 「まぁね」 「――じゃあ、俺の家に来ないか?」  何が『じゃあ』なのか分からない。僕は小さく首を傾げた。するとキースがニヤリと笑っていた。 「アクスとは恋人関係じゃないんだろ?」 「うん」 「なら、俺と一晩どうだ?」  キースの黒い瞳は、どこか獰猛に見える。キースの黒い髪を見ながら、僕はゆっくりと瞬きをした。  別段キースは軽いわけではないようだったが、誰と体を重ねた、というような噂話はたまに聞いた事がある。その時、タチだと聞いた覚えもあった。少しの間僕は迷ったが、別にいいかと考える。僕は実は、まだ性的な事は未経験だ。今年で二十七歳だから、そろそろ経験しておいてもいいかもしれないと考えている。けれど人付き合いが得意ではないから、中々機会が無かった。それでも己がネコだと分かるのは、抱かれたいという欲求があるからだ。僕にもそれなりに、性欲はある。 「いいけど」 「決まりだな。早速行こう」  こうして僕は、本を閉じて立ち上がったキースの後に従う事にした。  キースは騎士団の寮ではなく、実家から通っているらしい。ナザリー侯爵家だ。僕の生家は伯爵家だから、家格はキースの方が高い。家の中に入ると、使用人達が一斉にお辞儀をした。キースは俺を執事に紹介したが、そのまま応接間ではなく、寝室の一つに僕を連れていった。 「ヤるか」 「うん」  頷き僕は、首元の服に手をかけた。シャワーは浴びないのかと考えたが、清浄化魔術があるから問題無いかと考えなおす。するすると僕が服を脱いでいく前で、キースもまた服を脱ぎ捨てた。  こうして情事が始まった。 「うつ伏せになってくれ」 「う、うん……ぁ……」  じっくりと僕の全身を愛撫してから、キースがそう言った。言われた通りにした僕は、ギュッとシーツを握りしめる。すると香油でぬめる指が二本、僕の後孔へと挿いってきた。 「ぁ、ぁぁ」  初めてのSEXは気持ちがよくて、頭の中が痺れたようになる。既に僕の体からは力が抜けてしまっている。暫くそんな僕の中を指で解していたキースは、それから指を引き抜き、陰茎の先端を僕にあてがった。 「ああっ」  押し広げられる感覚と僅かな痛み、切なく引きつれるような感覚がして、僕は喉を震わせる。しかし容赦なく、実直にキースは僕の中へと進んできた。 「きついな、力抜けるか?」 「ん、ぁ……ァ」 「無理そうだな。もしかして、初めてか?」 「うん……ッ、ああ!」  僕が頷いた時、キースが腰を動かした。揺さぶるようにされると、勝手に声が零れてしまう。涙ぐんだ僕は、必死で熱い息を吐きだした。その内にスムーズに動くようになると、キースが抽挿を始めた。僕はギュッと目を閉じる。すると眦から涙が零れていった。思いっきりキースの陰茎を僕は締め上げてしまう。満杯の中が収縮しているのが、自分でも分かる。 「あ、ああっ、ッん……ァ! ああ!」 「出すぞ」 「うん、ぁっ!」  直後一際強く打ち付けられ、僕は中に放たれた。その衝撃で、僕も果てた。  そのまま僕はベッドに沈み込み、肩で息をしていた。 「なぁ、ヴェル」 「……ん」 「来週の土曜も休みだろう? 予定は?」 「ぁ……無いけど」 「じゃあ、また来週も来いよ。今と同じ、夕方くらいに」  キースはそう言いながら、僕から陰茎を引き抜き、隣に寝転がった。そして暫くの間、僕の髪の毛を撫でていた。 「ヴェル、なんか今日雰囲気が違うね」  月曜日。  朝礼が終えてすぐ、隣の席のアクスが僕に声をかけてきた。  アクスは青い髪に、金色の瞳をしている。  僕は青味がかかった黒髪で、目の色は藍色だ。 「そう?」 「うん。なんだか凄く色っぽい」  それを聞いて、僕は一瞬、キースの事を思い出した。色っぽくなったとしたら、心当たりなど一つしかない。 「ただでさえモテるのに、困るなぁ」 「僕はモテないよ」  モテていたら、とっくに経験済みだっただろう。アクス以外は、どちらかというと僕を避ける。 「高嶺の花って雰囲気だから、中々直接話しかけるのは勇気がいるもんね。いざ話してみれば、ヴェルは良い人なのに」  アクスは華奢な手で、僕の肩をポンポンと叩いた。  こんな事は、アクスにしか言われた事は無い。  さて、その週も僕は、アクスと共に仕事をしていた。そして土曜日。半信半疑で侯爵家へと向かった。するとキース本人に出迎えられて、その日も寝室へと案内された。  ここからそれの繰り返しとなった。  僕は週末の土曜日になると、キースの家に行くようになったのである。  そして、体を重ねている。  最初よりも僕の体は慣れてきたようで、今ではすんなりとキースのものを受け入れられるようになった。本日も行為を終えて、僕はシーツに包まっていた。すると隣に寝転んだキースが、じっと僕を見た。 「なぁ、ヴェル」 「何?」 「俺とお前の関係って、何?」  唐突な問いかけに、僕は気怠い体で考える。実を言えば、寝るようになってから、僕は普段もキースの事を思い出すようになっていた。キースの事を想うと、胸が疼く時もある。それが恋という名前なんじゃないかと悟るくらいには、僕は大人だ。  だが、好きだなんて告げたら、重いと思われそうで嫌だ。この関係が終わるのも嫌だ。どう答えればいいのか。僕は暫くの間考えた後、ポツリと答えた。 「セフレ?」 「……あっそ。ふぅん。へぇ」  すると何故なのか冷たい声音が返ってきた。そのままキースは、僕の体を抱き寄せると、反転させた。 「えっ、待って、まだ」 「もう一回」 「あ、ああ!」  そのまま挿入されて、荒々しく体を貪られる。全身に響いてくる快楽に、僕はポロポロと泣いた。まだ解れていた中が、キースを受け入れている。そんな僕の腰を掴むと、激しくキースが打ち付けてきた。 「あ、あ、あ、アぁ――!」 「セフレ、か」 「いや、いやだ、あ、あ、ダメだ、イっちゃ――、んン――!」  息が出来なくなりそうなほどに、キースは激しい。 僕は何を言われているのか上手く理解出来ないままで、理性を飛ばした。  ――最近の僕は、中だけでもイけるようになった。全身が敏感になったと思う。 「んぁ……」  今は後ろから抱きしめられ、両胸をキースに摘ままれている。正面には鏡があって、そこには頬を涙で濡らしている僕の顔と、朱く尖った乳首が映っている。もう二時間くらい、ずっと愛撫されている。既に僕の陰茎は反り返り、透明な蜜をひっきりなしに零している。 「やぁ……ァ……挿れて、ぁ」 「胸だけでイってみろよ?」 「出来な、っ、んあ! ああっ……なんで、ぁァ」  その後もこの夜は胸を弄られて、漸く挿れてくれた直後には、僕はすぐに果てた。  そんな日々が続いていた時、また王太子殿下の伴侶選びの夜会の招待状が届いた。なんでも前回は見つからなかったらしい。今回も欠席しようと、僕は職場の机の前で招待状を見ていた。するとコンコンとノックの音がしたから、顔を上げるとキースが立っていた。今は休憩時間で、それは騎士団も魔術師も変わらないとは思うが、何か用だろうか? 「ヴェル」 「何?」 「今日急遽代休になったんだ。俺の家に来ないか?」 「いいけど」  僕が頷くと、隣に座っていたアクスが目を丸くした。 「え? 二人って親しかったっけ?」 「まぁまぁかな」  素直に僕が答えると、キースが片目だけを細くしてから、咳ばらいをした。 「かなり親しいぞ」 「そうなの? 僕も行きたい!」  アクスが言うと、キースが首を振った。 「俺はヴェルに用があるんだ。二人で話す」 「ふぅん? どんな用事?」 「お前には秘密だ。本人に直接言う」 「――ヴェルは僕のなんだから、あんまり近寄らないでよね」 「お前の? そんな話は聞いた事がないが?」  何故なのか、二人が険悪な空気になっていく。僕はそんな二人を眺めながら、腕を組んだ。実際僕は、アクスのものではないし、今回の場合正しいのはキースだと思う。しかしキースの用件というものにも特に心当たりはない。 「ヴェル! なんとか言ってよ。あと、断ってよ。キースの家に行かないで!」 「僕はキースの家に行くよ。でも用事があるなら、今聞くけど」  僕が答えると、アクスが泣きそうな顔をした。  一方のキースは腕を組む。それから僕の方へと歩み寄ってくると、僕の耳へと唇を近づけた。 「好きだ」 「っ」 「と、告白する予定だ。別に今言っても問題は無い、俺は」 「え……」  思わず僕は目を見開いた。頬が熱くなってくる。  キースが、僕の事を? そう思った途端、嬉しくて胸が温かくなった。ドキドキと高鳴る鼓動、同時に溢れだす幸福感。感動で僕の体は震えそうになる。真っ赤になった己に気づいて、僕は思わず両手で顔を覆った。誰かに見られたくなくて、そのまま全力で下を向く。 「何その反応、ヴェル、ま、まさか……え!? キースと、そ、そういう……?」  アクスの声がする。僕はギュッと目を閉じた。 「キースと付き合ってたの!? いつから!?」 「これから、だ」  僕の代わりにキースが答えた。なんとか手を下ろし、僕は真っ赤のままで、チラリとキースとアクスを交互に見る。するとアクスが目を見開いていた。 「これから? え? どういう事?」 「……その……」  思わず口ごもっていると、キースが僕の肩に手を置いた。 「ヴェルも俺の事が好きという事でいいんだよな?」 「う、うん……うん……うーん」  気恥ずかしくなってしまって、僕は唇を震わせる。そんな僕の手を取り、キースが続けた。 「俺の恋人になってくれるよな?」 「……僕でいいなら」  小声でやっと僕がそれだけ答えると、キースが満面の笑みになった。  隣には、唖然としたように口を半分ほど開けているアクスがいる。  こうしてこの日から、僕とキースは恋人同士になった。  だから次の夜会は、キースと同伴して出る事にした。考え直せとアクスに毎日言われたが、幸せなので僕には考えなおすつもりはない。なおその夜会に一人で参加したアクスは、そこで王太子殿下に求愛され、次第に自分の恋愛に忙しくなっていったので、僕のそばにはあんまり来なくなった。王太子殿下とキースは、幼少時のご学友だったらしく、王立学院入学前から親交があったそうで、僕はキースからアクスの話をたまに聞くようになった。  そんなこんなで、ある夏の終わりに体から始まった恋は、無事に秋、実ったのである。  ―― 終 ――

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