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第14話 やられっぱなしな上に、やってしまった

 大きな窓の近くに置かれた重厚な机で、スピネル様が書き物をしている。結構な枚数が積み上げられている書類は、おそらく伯爵様経由で城から届けられたものだろう。  以前は週に何度か外出していたスピネル様だったけれど、ファルクいわく伯爵様とやり合っている最中だからかピタリと外出しなくなった。じゃあ仕事はどうしているのかと思えば、こうして自分の部屋でこなしていたらしい。 (まったく気がつかなかった……)  毎日そこそこな時間をスピネル様の部屋で過ごしているというのに、僕の目は節穴か。いや、何かやっているなぁとは思っていたんだ。まったく気がつかなかったわけじゃないぞ。  ……こんな言い訳でもしていないと、自分が愚かになった気がして仕方がなかった。 (いいや、僕が愚かなんじゃなくてスピネル様が優秀すぎるんだ)  噂どおりの優秀で聡明な次期伯爵様だから、僕はこんなにも簡単に罠にはめられたに違いない。……罠は、さすがにちょっと言い過ぎかもしれないか。 「そろそろお茶にするか」  スピネル様がチリンと呼び鈴を鳴らすと、しばらくしてムチムチおっぱいの侍女たちが冷たい紅茶を持ってきた。グラスの横には蜂蜜漬けのレモンが置いてあって、蜂蜜の甘い匂いが部屋に漂い始める。 「よくよく思い出せば、蜂蜜が好きだと話す前から紅茶には蜂蜜が添えられていましたよね。ってことは、僕の好物だってわかっていたってことですか」 「当然だ。最初に蜂蜜を見たとき、蕩けるような顔をしたから好物だろうことはすぐにわかった」 「……常に冷静であれって言われてきたというのに……」 「にぎやかな喜怒哀楽はかわいらしいと思うが?」  最後の言葉はあえて無視して、冷えた紅茶にたっぷりの蜂蜜をまとったレモンの輪切りを三枚入れる。それをグラスの中で潰すようにじゃぶじゃぶ混ぜてから、半分くらいをぐいっと一気に飲み干した。  そんな行儀の悪い仕草をしても、スピネル様のオレンジ色の目は穏やかに僕を見ている。  壊滅的なくらいベロチューに弱い僕は、策略的かつ強引なスピネル様のベロチューにやられた結果、担当医兼恋人としてサンストーン伯爵家に居候することになってしまった。  状況としてはいままでと変わらないものの、新たに追加された“恋人”という肩書きにはまったく馴染めない。馴染めないまま、家公認の恋人になってしまった。どこで否定すればいいのかわからなくなっていた僕は、見事なほど流されまくった結果、現状に至っている。  そうして二人揃ってカンターベル家に挨拶に行ったのは三日前だ。クソ親父は「こんな愚息でよいならどうぞ」などとほざいて僕を差し出し、兄たちは「がんばれよ」のひと言と笑顔で見送りやがった。  ちなみに義姉たちはどうしてかキラキラした笑顔で、「コスチュームプレイがしたくなったら相談してね」なんて言って見送ってくれたんだけれど、あれはどういう意味だったのかいまだに理解できないでいる。  スピネル様とやり合っている伯爵様と言えば、いまだに女性と結婚させることを諦めていないらしく、スピネル様とは冷戦状態らしい。そのせいか、最近では屋敷の中でさえ姿を見かけることがなくなってしまった。  そんな伯爵様が僕のことをどう思っているのかはわからない。しかし追い出されないということは、医者としてはまだ信用してくれているということなのだろう。 (僕と接触できるようになったと報告してあるから、その先を期待しているのかもしれないのか)  どんなに期待されても、伯爵様が願っているような結果にはなりそうにない。だって当の本人が「サファイヤ以外にそういう気にはならない」と真面目な顔で言うのだから、医者としてはここが限界のような気もしている。 「眉間に皺を寄せて、どうした?」 「今後の治療方針に悩んでいるだけです」 「なんだ、そんなことか。それなら悩むことはない。わたしはいつでもかまわないぞ?」 「……治療方針であって、最終目標のことじゃありません」 「治療の最終目標は変わっていないはずだが?」 「……っ、そこは、改めて考えたいと、って、ちょっと!」  気がついたらコップを奪われ、右手を取られ、顎の下に指を差し込まれていた。 「治療の最終目標はベッドインであり、その相手はサファイヤだけだ」  ぅわあぁぁぁぁ!! そういうことを平然と口にするなー! っていうか、近い、近い、近い! おいこら待て、ちょっと待てって、待……っ! 「……っ!」  …………一応、必死に抵抗はしたんだ。したけれど、どうにもならなかった。  最初に僕が平手打ちをしたのをしっかり覚えているからか、スピネル様は最初から僕の右手を握ることで動きを封じ、ソファの背もたれに押しつけるようにすることで逃げ道まで塞ぐようになった。そのままクイッと顎を持ち上げられたかと思えば、すぐさまキスを……というより、最初からベロチューをかましてくる。  僕がベロチューされるとグダグダになって、思考が止まることを見越してのことに違いない。この優秀さの無駄遣いめ! 「ん~~……っ! んっ、ぷはっ、はっ、は、はっ、はぁ、」  散々口の中を舐め回されて解放されたときには、グデングデンの酸欠で文句を言うこともできなくなっていた。 「そろそろ鼻で息をすることに挑戦してみてはどうだ? そうすれば、もっと長くキスができるぞ」 「はぁ、はぁ、そんなの、はぁ、キスしなきゃ、は、いいだけじゃ、ないですか、はぁ」 「それは無理な話だ。サファイヤを見るだけで、いつでもキスしたくなる」  なんだそれは。どんなケダモノだよ。 「男は皆けだものだぞ? それだけじゃない、わたしはそれくらいサファイヤのことが好きだということだ」 「ひ……っ」  耳にキスするように囁かれて、首の後ろがゾワゾワゾワっと粟立った。きっと顔や首のうぶ毛も一斉に立っているはず。そんな僕の状態は間近にいるスピネル様に伝わらないはずがないのに、追い討ちをかけるように耳元でクスッと笑ったり、チョンチョンと耳たぶにキスしたりしてくる。  うぅ~~……っ、この確信犯め! 耳が弱点だってことがわかったからって、こんなことまでして卑怯だぞ! 「卑怯とは心外な。これも恋の駆け引きだ。それに恋人というのは、こうして仲を深めていくものだろう?」 (何が駆け引きだよ! っていうか、僕の頭の中を勝手に読み取るな!)  そんな僕の脳内絶叫だけはスピネル様に伝わらないらしく、このあともベロチューでさらにグデングデンにされてしまった。  家への挨拶と言い、ろくでもない肩書きといい、日々のベロチューといい、やられっぱなしの状況をどうしたらいいんだ……。   ※ ※  手早くシャワーを浴び、フカフカのベッドに飛び込むように寝転がると、途端に一日の疲れがドッとあふれ出る。  いや、これは一日だけの疲れじゃない。ろくでもない肩書きに日々感じる精神的疲労が積み重なっての疲れだ。それに、別人としか思えないスピネル様による過剰接触のせいで心身ともにものすごく疲弊している。  今日だって結局何度もベロチューされて……。 「……しまった」  うっかりベロチューのことを思い出したせいで、息子がムクムクと元気になってしまった。  そもそも伯爵家の食事がいけないんだ。いまだに精力増し増しな料理を三食も食べているせいで、僕の精力までとんでもないことになっている。これだけ疲労感がすごいというのに、精力増強料理の効能は疲労回復の役にはまったく立たず、どうしてか息子のほうにばかり現れていた。  そのせいで毎日右手のお世話にならないといけないなんて、最初の頃に比べたらとんでもない状態だ。そのうえスピネル様にベロチューをされるせいで、一日を振り返るだけで息子がやる気満々になってしまう。 「……なんだか負けた気がする」  何に負けているのか自分でもわからないけれど、とにかく元気になってしまった息子はなだめるしかない。  仰向けになった僕は、着たばかりのパジャマのズボンを下着ごとずり下ろした。すでにピンと勃ち上がっている息子を右手で握り、いつもどおりシコシコと擦り始める。そうすると、すぐに先っぽから先走りがあふれ出す。 「年相応に元気なのはいいことなんだろうけど、元はと言えば食事のせいだからなぁ」  どれだけ精力増強する気だよ、僕だけ別料理にしてくれないかな、そんなことを思いながらも右手はずっと動いたままだ。 「……スピネル様も、同じものを食べてるんだよな……」  ふと、そんなことを思った。  食事とは関係なく、精通を迎えた男は日々溜まるものだ。それは健康だという証拠でもあって、溜まったものは定期的に出す必要がある。「よし、出そう!」なんて思わなくても体がそうできているのだ。  それが精力増強料理を取り続けていれば、毎日のように体が「出そうぜ!」と張り切ってしまう。これは僕に限ったことじゃなくて、同じ料理を食べているスピネル様にも当てはまるということだ。  そりゃあ二十代の僕ほどじゃないかもしれないけれど、スピネル様は三十歳、まだまだ精力の強い年齢だ。ということは僕みたいに日々悶々とし、自分で処理しているに違いない。 「あれだけの美貌なのに自分の手にお世話になってるなんて、もったいないよなぁ」  潔癖気味でなく女性への嫌悪感もなければ、それこそ選り取り見取りだったはず。なのにずっと手がお相手なんて……、うん、同じ男として少し不憫に思う。そういう意味でも潔癖気味なところが緩和されるといいなと思うし、医者としては完治させてやりたいところでもあった。 「…………そういや長いこと潔癖気味なはずのに、なんであんなにベロチューがうまいんだ?」  そんな疑問が頭に浮かんだ。うまいか下手かの基準はわからないけれど、きっとうまいに違いない。そうでもなければ、僕があんなにもヘロヘロになるはずがない。  スピネル様は、何でもないようにキスしたかと思えばスルッと口の中に舌を入れてくる。押し戻そうとしても、あっという間にあちこちを舐められて、気がつけば舌を吸い出されていることがあるくらいだ。チュウッと吸われ、ハムハムと甘噛みされ、また口の中に熱い舌が入ってきて……。 「……っ、く、ぅっ」  それに、耳への攻撃も手慣れている気がする。僕が弱すぎる可能性もあるけれど、それにしても耳への接近がうますぎるだろ。スッと唇を寄せてきて、フゥと吐息を吐くみたいに囁くなんて、手慣れすぎだ。 「……ふ、ぅ……ぅ……っ」  そのせいで首の後ろがゾワゾワしてどうしようもなくなる。そんな僕の様子がわかっているのか、スピネル様は耳に息を吹きかけるようにもなった。耳たぶを唇で噛むし、最近は縁をペロッと舐めたりもする。  それだけで得体の知れないゾクゾク感が背筋を這い上がってきて、ブルッと震えてしまう。きっと僕が犬や猫みたいな体毛を持っていたなら、尻尾から耳の先まで毛が逆立っているのが見えるに違いない。 「ふ、ふ……ふ、ぅ……」  そういえば、昨日は首の後ろ側を指でサワサワ撫でられた。驚いて思わず「ひゃあっ」なんてみっともない声を上げてしまい、それを聞いたスピネル様からは「かわいい声だ」なんて言われて、どれだけ恥ずかしかったことか。  ついでに「こういう声をもっと聞きたい」なんて言われて、ちょっと待て、それはどんな状況でだよ、なんて心の中で突っ込みもした。 「ふ……ん……ぁ、もう、……ぁ……」  ……そういう状況では、ベロチューみたいなことをもっとするんだろうか。  残念ながら、僕にはそういう経験がない。医者としていろいろ学んではいるものの、想像することしかできないのが現状だ。 (……最終目標って、そういう状況ってことだよな)  そう考えたら、どうしてか想像が止まらなくなってしまった。長くて少し骨張った指に触られたら、どんな感じがするんだろうか。心臓に悪いあの美貌は、どんな表情になるんだろうか。  スピネル様のこれ(・・)は、どんなんだろう。長い? 太い? 僕よりずっと背が高いから大きそうではある。触ったら熱いのか、こんなふうにべっちょりと濡れるのか……。 「ぅ……っ、出る、もぅ、出ちゃ……ぅ……っ」  少し強めに擦ると、息子がびゅくびゅくと勢いよく吐き出した。紙を取り忘れた僕はとっさに左手で押さえたけれど、手なんかで受け止め切れるはずもなく、ビクビク震えているお腹にボタボタとこぼれてしまう。  のろのろと起き上がった僕は、自分のお腹の上の惨事にため息をついた。せっかくシャワーを浴びたのに何をやっているんだと、少しばかり自己嫌悪を抱きながら紙で拭き……、その手がピタッと止まった。  ……僕は、一体何を考えながらしていた……?  スピネル様のことを思い出しながら、していなかったか? 最後なんて思い出すどころか、されたこともないことを想像していなかったか? それに、見たことも触ったこともないスピネル様のモノのことを考えていなかったか? 「……嘘だろ……」  掠れた僕の声が薄暗い部屋の中で消えた。

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