44 / 48

第44話 【最終話】嫌われるより「好き」がいい

「待て。落ち着け。すぐに断らないでくれ」 蒼司は僕が断ると思ったのか、慌てて続ける。 「俺はお前を幸せにするって決めた。だから、モデルは辞めた。Aoのアカウントも削除した」 「ええっ!? 嘘でしょ!?」 (なんで? まさかアンジュちゃんの画像がばらまかれたの!?) 「本当だよ。ピンスタグラム見てみろ」 僕は急いでスマホを確認した。本当にAoのアカウントは跡形も無く消えていた。僕はショックすぎて涙目になる。 「嘘……嘘、なんで……? どうして、僕が迷惑かけたせい?」 (どうしよう、やっぱり最悪の事態になっちゃったよ!) 「違う。元々俺は母さんの会社を継ぐのが嫌で逃げてたんだ」 「――逃げてた?」 「ああ。自由になりたくて、親の敷いたレールに乗るなんてダサいって思ってたんだ。それで大学でも芸術学部に在籍してた。映画の勉強をしたくてね」 「そうだったの……」 「だけど学部変更の手続きをすることにした」 次々に蒼司から聞かされる内容に頭がついていかない。 「経済学部で経営をちゃんと学んで、母さんの会社を継ぐことにした。逃げるのをやめて、お前にふさわしい夫になるために」 蒼司の母はwebメディアでの広告代理業務をメインにした会社を経営している。 「今までモデルやったり、好き勝手してフラフラしてたけどもう辞めだ。まともな男になるって誓うから、俺と結婚して欲しい」 蒼司は両膝に手をついて僕に向かって頭を下げた。 そんな蒼司の姿を見たことがなくて、僕は思い切り動揺した。 「あ、蒼司くん顔を上げてよ。僕、蒼司くんが何をしていようと蒼司くんのことが好きだよ」 「本当か? あの桂木って男はもういいのか?」 「うん。元々彼とはそういうんじゃないんだ。でも、僕みたいなのが蒼司くんと結婚していいのかなって……」 「良いんだよ。良いに決まってる」 彼がほっとしたようにそう言うと、しばらく口をつぐんでいた義母が声を上げた。 「そうよ! いいに決まってるわ。ああ、本当にありがとう蓉平くん。蒼司からこの話を聞いて、こんなにうまくいくなんてって私は叫んじゃったわ。ね、浩一さん」 「そうだね、聖美さん。我々の作戦は大成功だった!」 (そうだった。そういえば、元はと言えば父が妙なことを企んだせいで……) 「父さん。そういえば僕、怒ってるんだけど?」 「えっ?」 僕が低い声で迫ると父は焦り始めた。 「蓉平、どうしたんだ?」 「どうしたんだ、じゃないよ。僕に一言も言わずに勝手に相談所に登録するわ、蒼司くんが相談所からの紹介相手だと黙っているわ……お陰で僕たちすれ違って大変だったんだよ! 桂木さんにまで迷惑かけちゃったし」 「そうなのか? でも、いいじゃないか。こうして丸く収まったんだし」 父は悪びれもせずにこにこしていた。 (本当に、父さんってこういうところあるよね。まったく……) 「だって蓉平にお見合いしろなんて言ってもどうせ聞く耳持たなかっただろう?」 「それは……たしかにそうかもしれないけど」 あのとき自分が見合い話を持ち込まれて素直に応じたかというと、きっと理由をつけて断わっていただろう。 「それはうちの蒼司も同じよ。お見合いなんて言ったら絶対来てくれなかったわ」 「それでまず、私達親同士で連絡を取り合い、作戦を練ったんだ」 (え……そうだったの?) 「お互い問題児を抱える親同士、すぐに意気投合したよ。そして気付いたら我々もいつの間にか恋に落ちてたというわけだ」 朗らかに笑う父を横目に「そういうことだったのか」と蒼司が呆れた様子で言う。 「そうなの。で、私達がまず結婚しちゃえばいいじゃないって。そしたら、あなた達が強制的に一緒に暮らすことになるでしょう。そうしたらあとは、相性の良いアルファとオメガだもの何もしなくても勝手にうまくいくって思ったのよ」 「蒼司くんに事前にバレたのは計算外だったけど、蓉平にはバレずに計画が進んだね」 「ええ、途中ちょっとハラハラしたけど結果オーライよね」 父と義母は嬉しそうに微笑みを交わしていた。 僕と蒼司は、お互いに問題のある親を抱えた者同士視線を交わす。 「はぁ……。結局父さん達に踊らされてたんだね」 「親の思惑通りに動かされたのがムカつく。けど、俺はお前と結婚できるならもうなんでもいい」 蒼司が僕の手を取った。 「さあ、病み上がりなんだからもう寝るぞ。老人ももう寝る時間だろ」 「まあ! なんて言い方するのよ。待ちなさい、蒼司!」 ◇◇◇ シャワーを浴び、着替えてベッドに入る。蒼司が心配して部屋までついてきてくれていた。 「大丈夫か? 母さんたちの話聞いて具合悪くならなかった?」 「大丈夫だよ。でも、二人で結託してこんなことするなんてね」 「ああ。お似合いの夫婦だよ」 「うん」 蒼司が僕のベッドに腰掛けて言う。 「なあ、蓉平。お前が怖くて触られたくないなら、俺は許されるまで指一本触らない。いつまでだって待つから」 「え? なんで。全然触っていいよ」 「だって、あんなに怯えてただろ」 「あれは……蒼司くんが本気で怒ったと思って怖かったんだ。でも、触られるのは嫌じゃないよ」 「本当?」 「うん」 「じゃあ、キスしていいか?」 「いいけど、僕まだ風邪ひいて――」 言い終える前に彼の唇が僕の唇を塞いだ。 ヒートのときに懇願してキスしてもらって以来。そして、彼にプロポーズされて初めてのキス。 「まじで良い匂いだな。最初にこの部屋に入った時、この匂いは油断したらやばいって思ったんだよ」 「そういえば初めて蒼司くんと会った日、僕寝ぼけて変なこと言っちゃったよね」 「あれは俺もびっくりしたな。お前は死んだように眠ってて、目が覚めたと思ったら俺にすり寄ってきて匂い嗅ぎまくるし、どんな変態だよって思った」 「うう、恥ずかしくて死にそう……」 僕が両手で顔を隠すと蒼司が聞いてくる。 「なあ、お前未だに俺に嫌われたいなんて思ってるのか?」 「え……それは、やっぱりそうかな――うん」 「本当に変態だな」 (久しぶりの冷たい罵《ののし》り、いただきました~。前みたいな関係に戻れて良かった……) 「なあ、蓉平」 「何?」 僕が見上げると、彼は顔を至近距離に寄せて言う。 「好きだよ」 「なっ……?」 (何!? え、な、え――……!?) 「好きだ、蓉平」 蒼司はそう言って僕の頬にキスする。僕が口をパクパクさせていると、耳元で更に言う。 「お前が好きだ」 「だ、だめ!やめて!! 無理だから!」 僕が両手で耳をふさぐと、蒼司は思い切り眉をひそめた。 「はあ? なんだよ、文句あんのか?」 「だって、だだだだめだよ、こんな……耳元でそんなこと言っちゃ……!」 (だってそんなの言われたら死ぬじゃん) 「……何がだよ?」 「そ、そんなこと……は、恥ずかしいじゃないか!」 すると彼がスンスン匂いを嗅いでにやっと笑った。 「ふーん。嫌いって言われるより好きのほうが反応いいみたいだな」 「ダメ! 好きっていうの禁止。恥ずかしいから!」 「うるせえ、俺はお前が好きなんだよ。だからもっと嗅がせろ」 蒼司は僕の布団の中に強引に入ってきてまた唇にキスした。軽くついばまれ、その後舌が口の中をかすめる。もっと深く欲しいと思った瞬間唇が離れていった。僕は物足りなくてつい聞いてしまう。 「あの……す、する……?」 「いや。今日はしない。まだ本調子じゃないだろ」 「うん……」 彼の手が優しく僕の頬をなでた。 「早く風邪治せよな。おやすみ」 僕の額に派手な音を立ててキスし、蒼司は僕を抱きしめた。どうやら僕のベッドでこのまま眠るつもりのようだ。 (はぁ……こんな生殺しってあり? 好きって言うのは一日一回までって言わないと、心臓もたないな) 僕は彼に「嫌い」と言われるのが一番良いってずっと思っていた。だけど、「好き」と言われた破壊力はずっとずっと上だった。 (良い匂い……蒼司くんの香り、落ち着くな……) 僕は睡魔に襲われ、心地よい香りに包まれながら眠りについた。 〈完〉 ☆…☆…☆…☆…☆…☆ 最後までご覧いただきありがとうございました! こちらはエブリスタの「正反対の二人のBL」というコンテスト応募用に考えたお話となります。それをちょっと設定を変えてこちらにも掲載いたしました。(先日コンテストの結果が出まして、本作は佳作に選んで頂けました!) 「正反対」がテーマということで、「引きこもりオメガ」と「自由人のアルファ」という設定になっていました。 この正反対な二人が ・引きこもり→好きな人のために外に出る(内から外へ) ・自由人→好きな人のために家業を継ぐ(外から内へ) という正反対な行動をするのをテーマにしていました。 個人的には、嫌われてるの楽しい~最高~っ♡て気持ちよくなっちゃう受けが書きたかっただけな話でもあります。笑 最後蓉平が体調不良で終わったのでラブラブな場面になりませんでした。なので、番外編でいちゃラブなのを書きました。もう少しの間お付き合い頂けたら嬉しいです。

ともだちにシェアしよう!