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第13話 牽制

「薫、今日はエヴァンと一緒に過ごしてくれ」  薫はシリルとロレット、それからエヴァンと朝食を摂っていると、ロレットにそう言われた。今日彼は、シリルと一緒に城の外で仕事があるらしい。 「貴族の葬儀があるんだ。なるべく早く帰ってくるつもりだが、……あいつらは話が長いからな」  シリルの言葉に、ロレットは苦笑していた。二人の態度に、今日の仕事はあまり乗り気でないことが分かる。 「……エヴァンさんは行かないのですか?」  貴族の葬儀なら、王や城の人間が出向くことは重要性を持つ。何気なく聞いた薫の質問に、エヴァンは微笑んで返した。 「私は、身分不相応ですから」  どういうことだろう? と薫は思っていると、ロレットは説明してくれる。 「薫、エヴァンは元々奴隷だ」 「え……」  彼の説明に薫は一気に冷や汗をかいた。そして、こんな綺麗なひとが実は虐げられていた身だと知って、泣きそうになる。  シリルがそれに気付き、席を立ってそばに来てくれた。 「ベルが教えてくれたんだ。貴賤の差、貧富の差、教育の差を無くしたら、この国はもっと豊かになれるって」  彼はそう言い、やっぱりうさぎちゃんは優しいね、と目尻にキスをくれる。  シリルはその為に、今は忙しく動いているのだと話した。  そういえば、そんな彼らがなぜ幼なじみとして過ごしていたのかとか、シリルのことや仕事のことを、あまり知らないことに気付く。まだこの世界に来て三日目なのだから、当然と言えば当然だ。けれど、薫は知る必要があると思った。 「……時間は大丈夫ですか?」  エヴァンが静かに問う。時計を見たシリルは慌てて席に戻り、食事を再開した。  ◇◇  シリルとロレットが出発すると、薫は早速手持ち無沙汰になる。隣のエヴァンを見上げると、彼はため息をついて「私も暇じゃないんですけどね」と呟いて歩き始めてしまった。  その発言が悲しくて立ち止まっていると、それに気付いたエヴァンが振り返る。 「何してるんです? 行きますよ」  薫は慌ててエヴァンの後を追うと、彼はこちらを見もせず歩き出した。  暇じゃないと言いながら、薫が追いかけるのを確認するのは、やはりチグハグな言動に思えてならない。 「え、え、え、エヴァンさん……っ」 「何ですか」  間髪入れない冷たい反応。薫は涙目になりながら、勇気を振り絞って聞いてみた。 「ぼぼぼ、ぼっ、僕のこと、……き、きききききら、嫌いですか……っ?」 「……愚問です」  突き刺すような鋭い声に、薫はぶわっと涙が溢れてしまった。しかしエヴァンは歩調を変えず歩いていく。 「あのっ、エヴァン様」  こんなことで泣くなんて情けない、と思っていると、エヴァンは途中で使用人らしき女性に声を掛けられていた。女性は緊張した面持ちで手を胸の辺りで握っている。 「少しだけお時間頂けますか? 私の将来を()て頂きたいのです」 「……何でしょう?」 「その前に。薫様は……どうして泣いてらっしゃるのです?」  びく、と薫の肩が震える。薫は彼女に背中を向けると、エヴァンは先程の冷たい声が嘘かのように、優しい声音で答えた。 「ああ、朝食に入っていた香辛料が鼻に入ったみたいで……お気になさらず」 「そうですか……。では、これで」  チャリ、と硬貨の音がする。もちろん、エヴァンは占いを生業にしているから当たり前のことだと思った。けれど、それを躊躇いもなく受け取った彼の、生々しい部分を見てしまったようで、何となく気まずい。 「聞きたいことは何ですか?」 「私に近い将来、婚期は訪れますか?」  彼女の声は思ったより真剣だった。エヴァンはひとつ頷くと口を開く。 「貴女に大切な人がいるなら。彼を想う気持ちを、どうか忘れずに」 「……! ありがとうございますっ」  薫は驚いた。占いと言うから、てっきりもう少し未来を視ている演出をするのかと思えば、彼は記憶を思い出すくらいの早さで結果を彼女に話したのだ。  彼女は仕事を抜けたのがバレないようにと、走って去ると、またエヴァンは足早に歩いて行く。 「いつまで泣いているのです?」 「すすすす、すす、す……っ」  薫は涙を拭いながら、ああ、すみませんも言えなくなってしまった、と焦った。何とか取り繕おうとすればする程、吃音が酷くなるばかりで更に泣けてくる。  エヴァンはまたため息をついて振り返ると、「行きますよ」と薫がついて行くのを待っていた。  何とかエヴァンについて行った先は、シリルはもちろん、ロレットの部屋よりもずっと簡素な部屋だ。誰にも見られない所に来たと思ったら、また涙腺が緩む。 「……何をそんなに泣いているのですか」 「うっ、うっ、……ええええエヴァンさん、……ま、まっ、また、よよよ四人で、わら、笑って……っ」 「ああもう、落ち着きなさい」  そう言って、彼はハンカチでグイグイと薫の顔を拭った。雑な仕草だけれど、こちらを見てくれたことが嬉しくて、また泣けてしまう。 「四人で笑って? 無理ですね。だって貴方は薫であってベルじゃない」 「…………え?」  意外な言葉に薫は顔を上げると、苦々しい顔をしたエヴァンがいる。どうしてそんな顔をしているのだろう、と涙を引っ込めると、彼は続けた。 「シリルのわがままに、貴方は巻き込まれたんですよ」  私たちも、それなりに時間を掛けて仲良くなった。だからこちらに来て間もない、事情も知らない貴方に、すぐにどうこうできるなんて考えていません、とエヴァンは言う。 「で、でっ、でっ、でもっ……」  だからといって、冷たい態度を取られたら悲しくなる、そう言おうとした時、彼はため息をついた。 「……善処します。あと、先程愚問だと言ったのも同じ理由です。会って間もないのに、好きも嫌いもありません」  嘘だ、と薫は思うけれど、これ以上この話をするのははばかられて、黙る。こういう時に、占いの能力で先回りして答えられると、何も言えなくなるのに、彼は分かってやっているのだろうか? 「とりあえず、本でも読んでいましょうか。この部屋の本は、自由に読んでいいですよ」  エヴァンはそう言うと、話は終わりだとばかりに部屋の奥へ行ってしまった。

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