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第26話 契機

 夢の中で、ベルは走っていた。場所は城で、シリルの部屋へと向かっている。 「お待ちくださいイザベル様! 入ってはいけません……!」  使用人の言葉も聞かずベルは、扉を勢いよく開けた。そこには床を見つめて立ちつくすシリルと……彼の足元には二人、重なって倒れている。 「シリル……!」  付き人から聞いた話は本当か、ベルは確かめに来たのだ。ベルはシリルの右手が真っ赤に染まっていることに気付き、聞いた話が本当だと悟る。 「なんてことを……シリル、貴方、どうしてこんなこと!」  シリルの赤く染まった手にはナイフがあった。彼はベルを振り返ると、綺麗に微笑む。 「父上も母上も、私が説得しても聞いてくれなかったからね。……これ以上、周りの国に遅れを取る訳には……」 「だからって、殺さなくても……!」 「国を存続させるためには、仕方のないことだよ。ベルは分かってくれるだろう?」  ベルは息を詰めた。ああ、このひとは、私の話を理想として、暴走してしまったんだ、と涙が溢れる。本気で『平等』を目指すあまり、邪魔なものは排除するしかない、と。──自分が邪魔者扱いをされてきたから。 「シリル……それでも、こんなやり方は反感を買うだけよ……」 「ああ。でも、誰かが悪者にならなければ、革命は起こせない」  その言葉に、もうシリルはこの道を突き進むと決めたのだと悟り、ベルはグッと泣くのをこらえ、涙を拭う。  シリルがそう決めたのなら、自分はできる限りのサポートをするだけだ。将来の妻として。  理想に近付くために、シリルが悪者になると覚悟したのなら、自分もその役目を半分買って出よう。ベルはそう思う。  しかし、やはりシリルがやったことは、あちこちに火種となって飛んでしまった。  まずはベルの実家一族が次々と襲われ、殺害される。シリルは犯人と犯人をけしかけた者たちを見せしめに公開処刑し、そこから保守派対革新派の構図ができあがった。  家族を亡くして落ち込むベルに、ますますシリルは活動に力が入り、法律を変えシリルだけに権力が集まるようにした。シリルがイエスと言わないと何も進まないようにし、保守派を縛り付ける。  幸いベルは慕われていたため、周りには助けられていた。けれどシリルはどんどん孤独になっていき、……恐らくこの時あたりから、シリルの精神の崩壊は加速したのだろう。  そして一見平和な日々が来る。でもそれはのびのびと過ごす身分の低い民たちだけで、身分の高い者は法律と税収の制限で押さえつけられていただけだった。  シリルは上手くいかない、と嘆き、そんなシリルを見かねて、ベルは幼なじみ四人で出掛ける提案をする。  久しぶりに集まり、気兼ねなく一日を過ごして、シリルにゆっくりしてもらおうと思っていたのだ。……それなのに。 「ベルを殺して俺も死ぬ! 一緒に死んでくれえええ!!」  人混みの中から剣を持ったひとが、ベルを切り付けようと飛び出してきた。そのひとは普段からベルに言い寄っていて、しつこいのでハッキリと迷惑だと伝えたところだった。目の前まで男が来て、もうダメかと思った、その時。  ぐい、と腕を引かれてそのまま尻もちをついた。目の前で薄紫色の髪が揺れて、そのまま倒れる。 「エヴァン!!」  ベルは叫んだ。けれどベル自身も、鳩尾辺りに鈍い衝撃を受けて、声を上げられなくなる。 「ベルーッ!! ……っ、ロレット! 離せ!」 「みな、シリルを護れ!」  ロレットのひと声で、周りにいた護衛が集まり、ベルを狙った男も捕えられた。  霞んでいく意識の中で、ロレットはエヴァンに駆け寄り、必死に声を掛けていた。けれどベルには、もう手遅れと見たのか、みな近くで様子を見るばかりだ。シリルは危険だからと遠くに離されている。  ああシリル……。貴方はどうか、生きてその志を実現させて。  そこでベルの意識は途切れた。  ◇◇ 「……る、薫!」  呼ばれてハッと目を覚ますと、エヴァンが心配そうに顔を覗いている。夢か、と思って起き上がると、ボロボロと涙が零れてきた。 「嫌な夢でも見ましたか?」  彼の問いにコクリと頷くと、薫はエヴァンの胸の傷痕を、服の上からなぞるように指した。ベルが亡くなった時、庇った時の傷だったんだ、と薫は涙が止まらなくなる。 「ああ……そうです。あの時は、貴方を……ベルを、救えなかった……」  思えば、ベルの葬儀にエヴァンはいなかった。出られる状態じゃなかったのだろうと、今なら分かる。  そしてやはり、どうしてそこまでして、という思いが湧いてきた。  エヴァンは嘆息する。 「湯浴みをして、朝食を食べながらお話ししましょう。ウーリーもいろいろと聞きたがっていますので」 「……」  薫は涙を拭いてエヴァンを見上げた。すると彼は視線を逸らし、悲しそうな顔をする。 「私は、……いえ、今はよしましょう。行きますよ」  そう言って、エヴァンはベッドを降りた。

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