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遥かな闇から 四
……女、つまり紫珠という人も、娼妓という身の上で、いろいろ思い悩むこともあったでしょう。清朝貴族の姫君だというのが本当に……、まぁ、もし本当に真実でしたら、現在の身の上はいっそう辛いことでしょうし。
そんなときに、異国の貴族の出である若く美しい軍人と知り合い、客として取ることになり、情を交わし、互いに気心知れて……、けれど結婚など無理でしょうし、いずれ仁様が帰国することになれば、永遠に会うことがないかもしれません。
女は……、紫珠は思いつめたのでしょう。
卓の上には杯が二つあり、どちらも飲み干してあったそうですが……これは、まぁ推測でしかありませんが、紫珠は愛する人とともに死にたいという想いもあれば、どこかで、生きてほしい、という想いもあったのでございましょうね。自分の杯には致死量分の毒を入れ、仁様の杯には助かる程度の分を入れたのではないかというのが、周囲の人の考えでした。
わたくしもそう思います。
自分自身は死ぬ覚悟で、恋しい方のお側で永遠の眠りにつきたったのでしょうよ。
仁様ご自身はいったいどう思っていらしたのか。毒が入っているのを承知で飲んだのか、なにも知らないままに飲んだのか。このことについては、一言も語ろうとなさらなかったそうでございます。
毒の後遺症か、もしくは心の問題かもしれませんが、それからしばらくは仁様もかなりお体の調子を悪くされたようです。もともと軍人にしては物静かなお方でしたが、それでも以前は闊達なところもおありでしたのに、ひどくふさぎこんでしまわれて。いっときは誰とも口を聞かなくなってしまわれたときもおありで。
勇様がご心配されて、ご自身もお勤めを休まれて、つきっきりで看病なされたそうですよ。あの方は、困ったところもおありですが、情には本当にあつくていらっしゃいます。
それでも、やはりこのまま軍人をつづけることはできそうにないという勇様や旦那様、仁様ご自身のご判断もあり、軍人を辞められることになったそうですわ。
まぁ、その方がよろしいかもしれません。
こんなことを言ってはいけませんが、どうも最近、世の中も忙しくなってまいりましたし、大陸でもいろいろとあるそうですから……。仁様のように、元来繊弱なところがあるお方には、軍人は向かないでしょうし。
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