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第3話

「姉さま、姉さま、待ってください」  とびっきりのお洒落をして馬車に乗り込もうとしたディストリアノス伯爵の令嬢・アナスタシアを、屋敷の中から足早に歩く青年が呼び止めた。本当は走りたいのであろう気持ちを抑え込み、無作法にならないギリギリの速さで近づいてくる。 「なぁに? ゼノンも一緒に行くの?」  ならばそんな軽装ではなく、ちゃんと着替えてきなさいと視線を送るアナスタシアに、ゼノンと呼ばれた青年は慌てて首を横に振った。 「いや、僕は……。姉さま、今からプリスカのお店に行くのでしょう? 先日侍女からプリスカに青いブレスレットがあったと聞いたのです。もしまだあったら、買ってきてもらえませんか?」  そう言ってゼノンは金貨の入っている小袋を差し出した。しかしアナスタシアはそれを受け取ろうとしない。 「欲しいものがあるなら一緒に買いに行けば良いじゃない。だいたい青いブレスレットなんて曖昧な。幾つもあったら私にはどれのことかわからないんだから、自分で選んで買った方が確実でしょう? 待っててあげるから、早く着替えていらっしゃいな」  差し出された小袋の中身は、あまり自由に身動きの取れないゼノンが一生懸命働いて得た金であることをアナスタシアは知っている。そんな大切な金を預かって、ゼノンが望むものと違う物を買ってしまったらと考えると、安請け合いなどできはしない。それは純粋な姉心だというのに、ゼノンは難しい顔をして首を横に振った。 「でも、プリスカのお店は女性ばかりですし、男の僕が行っては悪目立ちします。奇異の視線にさらされて買い物を楽しめるほど僕は神経図太くありませんよ」  ゼノンは美しい物が好きだ。美しく可愛らしいものを幼いころから収集しており、それを見ると心が華やいで、同時に落ち着きを取り戻す。あまり何にも興味を示さないゼノンが唯一執着し、金を惜しまない物と言っても良いだろう。だが、美しいものや可愛らしいものは男性よりも女性客の方がウケが良く大枚を落としていく為か、男であるゼノンには入店すら難しい雰囲気が漂っている。一度誘惑に負けて入店したこともあるが、その時自分に向けられ続けた視線の数々は思い出したくもないものだ。それ以降ゼノンは欲しい物があると母や姉たちにお願いをして買ってきてもらっていたのだが、母は数年前に病で儚くなり、姉たちは次々と嫁いでしまって、今はもうすぐ上のアナスタシアしかいないのだ。しかしアナスタシアはゼノンが自分で稼ぎ出すと今のように買い物のお願いを聞いてくれることは無くなった。

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