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第6話 『第六王子』

 西門の近くを北に曲がり、貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街をさらに抜けると、街はずれの丘につながる道がある。丘の上にはひと際大きな屋敷があった。  その屋敷に仕えている初老の男モーリスは、主人の帰宅した音を聞き、玄関まで迎えに出た。 「おかえりなさいませ、殿下」 「殿下はやめてくれ」  朝からどこかに出かけていた主人は、持っていた紙包みを渡してきた。 「香草店でもらった」  包みの上からでも中身が茶葉だということがわかる。  モーリスはにっこり笑った。 「のちほど入れましょう」  主人は鼻の辺りまで隠れているフードを取った。青い瞳をした端整な顔に表情はない。最初は珍しく思っていた朱色の髪も一か月もすれば見慣れてしまった。  旅装束のコートを脱ごうとしたので、背後に回って手助けをする。コートをそのまま預かり、モーリスの腕にかけた。 「部屋にいる」 「かしこまりました」  恭しく一礼し、二階に上がっていく長身の後ろ姿を見送る。    汚れのないコートを衣装棚に仕舞い、湯茶の準備に取り掛かるため、厨房に向かった。    モーリスはこの屋敷の家令である。    彼は年若い主人にどう接していくべきか悩んでいた。先代の主人が病で亡くなり、次にやってきたのは、全く予想さえしない人物だった。    長年この屋敷に仕えてきたモーリスも、さすがに何かの間違いかと思った。    新たな主人としてやってきたのは、我が国、ハーゼン王国の第六王子だった。    国王の実子がなぜこのような田舎の屋敷に来ることになったのか、モーリスは詳細を聞かされていない。    立派な屋敷であっても、使用人は数人しかいない。王位継承権を持つような高貴な人物を受け入れたことなど、モーリスが知る限り一度もない。  護衛もいなければ、王族を満足させられる世話ができるだけの人手もない。    モーリスは宮廷からの使者に陳情したが、扱いは先代のときと同じでかまわないと、煩わしそうに言われた。  事実、第六王子がやってきたときは、一人の護衛もおらず、側用人すらいなかった。王族に対して、ありえないことだと思った。    この御方はいったい、どんな罪に問われたのか。    モーリスは困惑したが、できることをやっていくしかないと腹を括った。    初めのうちは質素な世話に不興を買い、いつ首が飛ぶだろうかとひやひやしていた。  だがこの一か月、不自由であろう生活に第六王子は癇癪を起すことはなかった。苦言を呈されることもない。  至って平穏であったが、主人の顔に笑顔はなく、暗い目をしていた。    モーリスはお湯が沸くと、渡された香草茶を取り分け、ポットに湯を注いだ。    一人分のティーセットを持って二階の一室に向かう。  扉を叩き、返事を待ってから部屋に入ると、主人はテーブルに地図を広げていた。

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