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第28話 『魚釣り』
レヴィンが樹木の間から抜け出すと、クオンが玄関から出てきたところだった。
やってきたレヴィンを見つけると、後ろを向くように言われた。背負った鞄に「ちょっと入れるぞ」と何かを詰め込んだ。
このところクオンは自分の荷物をレヴィンの鞄によく入れる。彼の無遠慮な態度は怒る人もいるだろうが、レヴィンは逆だった。
親しい友人と認めてもらえている気がして、むしろうれしかった。
家の壁に立て掛けてあった釣竿をひとつ渡される。
「よし、行くぞ」
クオンは魚籠 を肩から掛けた。家の裏手に行き、藪 に入っていく。街へ行く道とは逆だった。
藪の中を進むと森に入り、しばらく雑木の間を通っていると、人ひとり通れ小道にでた。ここからは山道だ。
緑で生い茂る山道をさらに進んで行くと、クオンはまた山道をそれた。山の中を進んでいると、かすかに水音が聞こえた。
陽光が差し込む樹々の間を抜けると、そこに渓流と滝壺が現れた。
川は夏の強い陽射しを反射して光っている。滝壺に流れ落ちる水は冷たいのか、辺りはひんやりと涼しい。
水が白く流れ落ちる滝を見ていると、クオンは滝壺から少し離れた川辺に魚籠を置いた。石がゴロゴロしていて、歩きづらい。レヴィンも魚籠の近くに鞄を下ろした。
「ここで釣る」
クオンが宣言した。レヴィンの鞄を開け、手の平大の木箱を取り出した。何か訊くと、魚の餌だという。ふたを開けて餌を取り、丸めて針につけている。
レヴィンも見様見まねで黄色い餌を触った。ブニョと指が埋まる。
「これなんだ?」
「イモ」
レヴィンは小さく驚いた。魚の餌が穀物だとは意外だった。
クオンは川の表面に出ている石を伝って、渓流に向かって竿を振った。その横顔は真剣そのものだ。
薬草茶を調合しているときより、気合が入っているように思えるのは気のせいだろうか。
レヴィンもクオンにならい、川に向かって針を落とした。これでいいのだろうか、とクオンを見ると早速、彼の竿に動きがあった。
勢いよく釣竿を上げており、その先に魚がかかっている。レヴィンは、すごいな、と思った。魚籠に魚を入れに戻っているクオンを見ていたら、今度は自分の竿が動いた。
レヴィンは初めての引きに驚いた。
「クオン、かかった!」
「早く引け!」
言われたまま竿を引き上げると、川面から魚が飛び出してきた。
「やった! 釣れた!」
子供のようにはしゃいだレヴィンに、クオンも笑顔でうなずいた。
びちびち暴れる魚を掴み、針を外す。初めて釣った魚は両手に乗せるとはみ出す大きさだ。
魚籠に入れると、クオンが先に釣った魚より大きくて、妙にうれしくなる。
この調子でどんどん釣ろうと思い、餌を付け、糸を垂らしに川べりに戻った。
ところが最初の一匹以降、まったく釣れなくなった。クオンは定期的に釣り上げているが、レヴィンの竿はぴくりとも動かなかった。
こうなると面白くない。場所を変えてみようと、滝壺に近づき、少し大きな岩の上に移った。
クオンのいる場所から離れたが、ここなら水深も深そうで釣れそうな気がする。再び竿をふった。
滝の近くは涼しいが、陽射しは強くなってきていた。
滝壺に叩きつけられる水音を聞きながら川面を見ていると、突如、強い力で竿が引っ張られた。先ほど釣り上げたときのような、手元が震えるのとは違う。
川に引き込む大きな力だった。
引き上げようとしても、魚の方が強いのか、竿が持っていかれそうになる。
「クオン!」
たまらず叫ぶと、大きくしなる竿を見て、離れた場所にいたクオンが声を張り上げた。
「放すなよ!」
レヴィンは両手でしっかり竿を持って足を踏ん張っていると、クオンが加勢に来てくれた。横から竿を握る。
「大物だ!」
クオンは弾んだ声で言った。
二人がかりでも竿は半分しか持ち上がらない。糸が切れてしまうのではないかと思った矢先、竿を引く力が急に抜けた。
川面も静かになる。軽くなった竿に呆然とした。
「逃がした……」
クオンが竿を放し、残念そうに呟いたとき、再びグイッと竿がしなった。獲物はまだかかったままだった。
「わっ!」
レヴィンは不意を突かれて、岩に生えていた水苔を踏んだ。つるっと滑り、体が傾く。
落ちる、と思った瞬間、反射的に近くにいたクオンをがっしり掴んだ。
「なっ!」
いきなり腕を掴まれたクオンに為す術はなく、二人は見事に川に落ちた。
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