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第78話 『異変』

 ペンダントの効果は絶大だった。  抱き締められて、(あふ)れる想いを伝えられたとき、レヴィンはずっと、こんなにもリウに会いたかったのかと思った。  もし『クオン』のままだったら、こんなに強く抱き締めてくれただろうか。  クオンはレヴィンの温もりを充分に感じた。    そして思った。  これでこの恋を終わらせることができる、と。    リウのふりをして、何食わぬ顔で紅茶を入れた。  自分のことをリウと呼ぶレヴィンはうれしそうだった。昔話もリウから聞いたことがあった。  こうやって穏やかに話をするのもこれで最後だ。    ペンダントを使って(だま)すことに罪悪感がなかったわけではない。  レヴィンが本当のことを知ったとき、怒ればいいと思った。  ひどいやつだと責めてくれればいい。幻滅してくれた方が、リウの存在をずっと黙っていた自分への罰だと思えた。    結局、レヴィンがクオンを責めることはなかった。  だがあの日以来、森の家に来ることはなかった。  テーブルの上には菓子が置かれていた。きっと品評会の優勝作品だろう。  何もすることがないと言っていたレヴィンがやりたいことを見つけて行動した成果だ。  残された菓子は毎日少しずつ大切に食べた。甘酸っぱくておいしかった。    二か月が過ぎ、またひとりの生活に慣れ始めた頃、レヴィンと会わないことで困ったことがあった。  それはヨーク夫人が買ってくれている紅茶をどうするかという問題だった。    レヴィンが仲介していたので、誰に渡せばいいのかわからない。どうやって商人を捜そうかと悩みながらレイトンの街に行った。  香草店でいつものお茶を(おろ)したとき、禿()げ頭の店主からフレディのところに行けと言われた。朱色の髪のお客さんからの伝言だという。  フレディの居場所は店主が知っていた。  彼の店に行ってみると、仕入れた紅茶を渡された。花の香る紅茶のことは、今後はクオンと直接やりとりするように丘の上の主人に言われたそうだ。  初めて会う商人は意外と若く、誠実そうな人だった。  挨拶を交わし、別れたあと、クオンはレヴィンの優しさに胸を打たれた。  あんなに冷たく突き放したのに、クオンが困らないように手を回してくれていた。  そしてこれを機に、彼とのつながりは消えた。  自分が望んだことなのに、胸が張り裂けそうに痛かった。  それからさらに一か月が経っていた。    森の家でクオンはひとり、ベッドに潜った。  夏は陽が長く、まだ暗闇ではなかったが、規則正しい生活を送っているため、すでに眠くなっていた。    明日はリウの顔を見に行こう、そう思いながら目を瞑っていたとき、一階で騒々しい音がした。  玄関を激しく叩いている音だ。外から呼ぶ声もした。  ベッドから起き出し、一階に降りると、外から「クオンくん、いないのか⁉」と聞こえた。    玄関を開けると、医師のグラハムだった。べっとりと汗をかいている。 「先生! どうしたんですか?」 「クオンくん! よかった、いてくれて!」  グラハムがこの家に来ることなど滅多にない。薄暗い闇の中でも、グラハムが狼狽(ろうばい)しているのがわかった。  ただならぬ雰囲気に、クオンは眉を潜めた。グラハムはクオンの両肩に手を置いた。 「クオンくん、助けてほしい!」  グラハムは大きく息を吸って言った。 「レヴィーナード殿下が、毒を盛られた」

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