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俺の失敗(俺)

俺達は行きの三倍の時間をかけて、町まで戻って来た。 師範は、ウィムにこれからの行き先を尋ねられて「一度家に戻ってみようと思います」と答えた。 家か……。懐かしいな。 「二人には家があったのねぇ」というウィムに「今もあるかは分かりませんが」と師範は苦笑した。 そうだな。家を出てからもう六年、その間一度もあそこには戻っていない。 家が残っていたとしても、すぐに暮らせるとは限らないか。 乗合馬車に乗ろうとする師範に、ウィムはやはり渋い顔をした。 「乗合馬車ねぇ……。大丈夫かしら。しばらく徒歩で様子見る方がいいんじゃない?」 「確かに馬車の揺れも起き抜けの身体には堪えるでしょうけれど、徒歩に比べれば……」 苦笑する師範に、ウィムが言葉を選ぶ。 俺は、師範にそんな話を聞かせたくなくて、つい口を挟んでしまった。 「俺が側にいるから、大丈夫だ」 「うぅ〜ん。それならいいんだけど……。しっかり気をつけてねぇ?」 あの時、ウィムの言葉を遮らなければ……。 そんなことを今更後悔したって仕方がないが。 俺は今、剣を奪われ、後ろ手に縛られた状態で、男達に殴りつけられていた。 ほんの一瞬、目を逸らした隙に、屋台をのぞいていたはずの師範は消えた。 どうやら相手は人攫いの集団のようだ。 町に降りてからは、師範にはフードをかぶってもらっていたのに。 いつの間に目をつけられていたんだろうか。 やはり……馬車の中か。 今までの師範なら気配で気付いたのかも知れないが、今の師範にそれはできなかった。 師範を攫った奴らの後を追ったまでは良かったが、師範を人質に取られては、手も足も出せなかった。 袋小路に追い詰めたつもりが、追い詰められたのは俺だったわけだ。 「ギリルっ」 師範の悲痛な声が、胸に痛い。 ごめん。ウィムに大口叩いといて。こんなん全然大丈夫じゃねーよな……。 「おい、その剣を早く持ってこい」 「いや、これ……マジで重くて持ちあがんねーんすわ」 「んなわけあるか、今までそいつの腰に下がってたんだろ」 ああ、その剣は普通のやつには持てねーんだよ。残念だったな。 くっと笑った俺の鳩尾に、男の膝が食い込んだ。 上がった胃液に酷く咽込む。 「ぁあ、ギリル……っ」 師範、そんな心配することねーよ。 こいつら俺の事も売ろうとしてんだから、そもそも殺す気がねーんだよ。 本気で殺しに来る魔物の爪や牙に比べりゃなんてことねーって。 どうも身なりからして戦えると思われたらしい俺は、縛った後でボコボコにされていた。 まずは師範を盾に、俺を動けないようにしとこうってことらしい。 とりあえずは、あの男だよな。 あの、師範の首にナイフ当ててる男。 あいつをなんとか……。 「も、もうやめてくださいっ」 「コラ、暴れんなって」 師範の首元に当てられていたナイフはよく研がれていて、俺の心配をした師範の首に赤い筋を残した。 「おい、商品に傷付けんなよ」 「こいつが動いたんだ」 師範の首を伝う赤に、俺の血が沸騰する。 「っ、てめぇら……」 全身に力を込めようとした俺に、師範が静かに告げる。 「ギリル、迷惑をかけてすみません……。私のせいで、あなたがこんな思いをするなら、私の命はもう、ここまでにしておく方が良さそうですね」 「……は?」 俺は耳を疑う。だってそうだろ? あんだけ時間をかけて、やっとここまで来て、それをまさか、こんな奴らに……。 「大丈夫です。痛いのも苦しいのも、これまでの長い時間に比べたらほんの一瞬ですから」 師範は、覚悟を終えた穏やかな顔で、俺に美しく微笑んだ。 「ダメだ! 師範!!」 俺は今度こそ全身に全力を込めた。 俺の闘気に、前に立つ男と左右で俺を押さえていた男が吹き飛ぶ。 同時に、俺は師範へまっすぐ駆ける。 「なんだ!」 「何が起きた!?」 両腕はまだ後ろで括られたままだったが、俺が「来い」と呼べば聖剣は鞘から飛び出して俺の縄を切った。なんだ。可愛いとこあんじゃねーか。 コイツ、無機物なら切れんだよな。 一度は捨てようとして悪かったな。やっぱお前は俺の頼れる相棒だよ。 手の内に飛び込んできた柄を両手で掴んで、大きく振りかぶる。 「お前っ、こいつの命が……」 「おせーよ」 師範に触れてた男が飛び退いたのは、既に腕ごとナイフが切り落とされた後だった。 ……これが普通の剣ならな。 俺は男が落としたナイフを蹴って、片腕でしっかり師範の肩を抱く。 「師範、ごめん。もう絶対離さねーから」 「ギリル……っ、わ、私こそ……」 俺は手近な壁を背にして師範を壁との間に隠すと、蹴っておいたナイフを拾い上げる。 俺のいつもの剣は、まだあんな遠いとこにあるからな。 「な、何ともねーぞ!?」 やっと気付いたか。 大袈裟な悲鳴あげてくれて助かったけどな。 「何だお前は、変な術で脅かしやがって!」 そう言いつつもさっきまでの勢いがないのは、まだ俺に吹き飛ばされた三人がのびたままだからか。 「アンタ達! こんなとこにいたのねぇ!?」 そこへウィム達が駆け付けた。ああ、俺の闘気が見えたのか。 そんならもっと早くこうしときゃよかったな。 男達はガタイのいいティルダムを見て散り散りに逃げ出した。 「くそ、あいつ……っ」 駆け出そうとした俺の服を、師範が掴んだ。 「ギ、ギリルっ」 「だってあいつ、師範に傷を……っ」 振り返れば、師範は青い顔をしていた。 「ちょっとアンタ人攫い追っかけてる場合じゃないでしょ。師範震えてんじゃないのよぅ」 くそ。ウィムの言う通りだ。俺はどうしてこう考え無しなんだ。 今、師範を離さねーって言ったばっかりなのに……。 俺はナイフを投げると、もう一度師範の肩を抱き寄せる。 「あらぁ? 首怪我しちゃったのね?」 「ぁ、はい……」 しょんぼりと俯く師範に、ウィムは優しく語りかけた。 「うふふ、師範に治癒術をかけるのは初めてねぇ。少しずつかけてみるから、違和感があれば言ってねぇ?」 「はい、ありがとうございます……」 師範のホッとした気配に、俺は自身の至らなさを恥じた。 俺ももっと、もっとウィムみたいに色々気付けたら。 もっとティルダムみたいにしっかり守れたら……。 俺の腕に、師範の肩がまだ小さく震えているのが伝わる。 悔しさに、目の前が赤く染まる。 「ごめんな、師範……。俺……、っ」 そこから先の言葉を、俺は見つけられなかった。

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