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 ケンジは大丈夫だろうか? 今朝の男子達は恐らく、同じクラスか顔見知りの奴等だ。とてもじゃないが好意的な言い方では無かった。  ケンジが苛めを受けているのはほぼ間違いない。 昨日のアレも恐らくはそう言う事だったのだろう。  それに、蓮と言うのは何者だろう? 人間相手にペットだなんて、ふざけているにもほどがある。  全くもって不愉快極まりない。だが、ケンジの問題に首を突っ込み過ぎるのは得策ではない気がする。理人は自分の席に着くと、頬杖をついて窓の外を眺めた。校庭では体操着を着用した生徒達が怠そうに歩いているのが見える。このくそ暑いのに、外で運動とか教師は鬼だとつくづく思う。  よくよく見てみれば、ケンジだけがポツンと輪の中に入れずに佇んでいる。その様子を誰も気に留める者はいないようで、まるでいないものとして扱われているようだった。  理人は眉間にしわを寄せ、小さく舌打ちをする。少し話した感じでは、ちょっと変わっているなという程度にしか感じなかった。 あんなに良いヤツなのに……何故あんな仕打ちを受けなければならないのか。 「――おい、鬼塚。生徒会長がお前の事探してたぞ」 「は?」  昼休みに入って昼食の準備をしていると突然前の席に座る生徒に話しかけられた。 「お前、何やったの? あの人に呼び出されるとかさ……」 「知るかよ」  理人は生徒会になど興味は無いし、勿論会長の御堂とは面識がなかった。  集会や色々な行事の時に壇上に上がって挨拶をしているのを遠巻きに眺める程度で、接点なんてあるはずがない。  だから、呼び出される理由がまずわからないし、人違いではないかとすら疑ってしまう。 「取敢えず行って来いって。あの人、怒らせると怖いって話だぞ」 「……はぁ……」  怒られる様な事をした覚えはない。理人は渋々立ち上がり、廊下に出ると階段を上って最上階にある部屋を目指す。  扉の前に立つと、中からボソボソと話し声が聞こえてきた。どうやら誰かいるらしい。  コンコンとノックをし、失礼しますと声を掛けてドアを開け――目の前に広がる光景を見て、理人はぴきっと凍り付いた。  広い16畳分ほどの部屋の奥にデスクが置いてあり、その手前には立派な大理石のテーブルの周りを重厚感溢れる大きな革張りのソファが囲んでいる。奥の壁際には天井まである大きな本棚があり、隙間なく本が並べられていた。  優雅にコーヒーカップに口を付けながらソファの真ん中に腰掛ける男の姿は、まるで王者のような風格が漂っている。間違いない、コイツが生徒会長の御堂だ――。 「よく来たな、鬼塚。待ってたよ」  入り口に佇んでいる理人に気付いた男がカップを置いてゆっくりとこちらに近づいてくる。  痩せ型で、理人よりも随分と背が高い。さらりとした前髪は頬のあたりまで下がり、眼鏡の奥にひそむ双眸は漆黒の闇を湛えた様に暗く、見る者を吸い込んでしまいそうな程に深かった。  切れ長の瞳が値踏みするように理人の頭から足元まで視線で辿り、口元にうっすらと笑みを浮かべる。  こんなに力のある目を理人は見た事がない。 射貫く様な眼差しに気圧され、思わず後ずさった。 「……何ですか? 用件は手短にしてくれないか?」  動揺を押し殺してぶっきらぼうに答えると、御堂は理人の肩にぽんっと手をおいてにっこりと微笑んだ。 「昨夜は、俺の友達に随分手荒な真似をしてくれたみたいじゃないか」 「あ?」  コイツの友達なんて知らん! と言おうとして、昨夜あっけなく倒した二人の顔が浮かんだ。 「雑魚がよってたかって、小さいのを囲んでて目障りだったからな」 「そうか……。ハハッ、言うねぇ。ケンジ攫って行ったチビがどんな奴かと思えば……。面白い」  キッと睨み付けたままの理人の頬を、御堂の指先が悪戯に撫でおろした。艶めかしい仕草に薄気味悪さを感じて、指が辿った肌がピリピリと粟立つ。普通、男相手にこんな触り方はしない筈だ。 「触んなっ!」  バシッと手を払いのけると、御堂は暗い笑みを湛えて口元を歪ませた。 「いいねぇ……。気に入った、ちょうどケンジにも飽きて来た頃だったし、調教し甲斐がありそうだ」 「――なっ!?」  調教という日常生活ではあまり聞かない不穏な言葉に何を言っているのかと訝しがっていると突然物陰から男が二人飛び出してきて、理人の両腕を掴み拘束し、さらに濡れたタオルのようなもので口と鼻を塞がれた。 「ん、ん――っ!!」  息苦しさに藻掻いているうちに意識が急速に薄れていく。  霞んでいく視界の中、最後に見たのは、冷酷な笑みを浮かべた悪魔の如き男の愉悦にも似た表情だった――。

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