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第1話 地獄で貴方と出会った

   俺は、この地獄(せかい)に生まれてしまった。    そして、その地獄(せかい)の中で、出会ってはいけない人に出会ってしまった。     「なあ、君、名前は?」      呼ばれて思わず、顔を上げてしまったのが運の尽き。  目の前のソファで足を組んで座っている、まるで神が作り出した最高峰の芸術のような男が、その涼やかな目で俺を射抜いている。    ゆるいパーマがかかったブルーブラックのツーブロヘア。耳にはピアスがいくつも開けられて、黒のタートルネックを着ているが、少し出ている首元にタトゥーらしきものが入っているのが見える。    アウトローなのは見た目でわかる。関わってはいけない人種なのが、頭ではわかってる。    しかし、俺の本能なのか、奥底から湧き上がるナニカのせいで、身体も視線も動かず、ぶるぶると小刻みに震え始めた。    男と自分の視線がガッチリと交わる。そして、もう反らすこともできない。    圧倒的な王者(α)、圧倒的な支配者(Dom)。    年老いた感じはしないが大人っぽい低めで、少し掠れ気味な声が、ぞわりと自分の耳の中を優しく撫でるようにして俺の身体の中に入っていく。   「ルナ、ッ! 、です……」    似合わないメイド服、似合わない可愛らしい源氏名、噛み噛みの自己紹介。  全てが噛み合わない滑稽な俺は、この人の目にどう映ってるのだろうか。   「源氏名じゃなくて、本名教えて? 」    ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ    命令された。Domから命令された。  自分では制御不能な本能のせいで、鼓動が強くなっていく。  メイドカフェでも、風俗店でも、それは地雷な質問なのに。答えなくてもいいのに。  普段ならばやんわり断れるお願いなのに。逆らえない、言わなきゃ言わなきゃ。  頭を全て命令に塗り替えられてしまった俺は口を開く。   「東雲月代(しののめつきしろ)です……」   「ツキシロか、珍しい名前だな。漢字は?」   「東の雲に、月に、時代のダイです……」   「そっか、じゃあ、こっち」    やめろ、よせ、行っちゃだめだ。  本能に押し潰され息絶え絶えの理性が叫ぶ。しかし、それで制御出来るならば、もっと前で止まれてる。    ふらふらと、足は自分を呼んだ男の元へと続いていく。   「ここまでよく来たね、」    ドタンッ    膝から崩れ落ち、正座を崩したような座り方で、男の股の間に収まる。男は俺の頭を撫でた。   「いい子だ」    今まで色んなDomを相手してきた。しかし、今日ほど「褒められることが嬉しい」ことがあっただろうか。ふわふわと多幸感の中、男の瞳を見つめる。  黒い瞳は涼やかだが、俺にはわかる。有り有りと支配欲が目の奥で燃えている。   「今日からお前は俺のモノ(Sub)だ」    片口を上げて笑った男の口には、鋭い犬歯が見える。ああ、あれで俺の身体の皮膚を食い破ってほしい、どんな痛みで、どんな幸せなのか。   「はい、御主人様……」    本能に焼き切られた頭が馬鹿になっている今の俺は、その言葉の真意を理解できるほどの知性を残していなかった。            

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