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have a good aftertaste(前)
背徳のネオン散り咲くアンデッドエンドの繁華街。
紫とピンクに点滅する看板に導かれコンクリ固めの階段を下りれば、隠れ家のようなバーに着く。
とある雑居ビルの地下で夜間営業するこのバーは、美味くて種類が豊富なカクテルと、ご機嫌なジャズを提供する店として、酔狂を好む面々に密かに人気を博している。
寡黙な中年マスターが営む店には、今宵も遊び慣れ男女が集い、グラス片手にさざめいて夜のひとときに興じる。
アルコーブには重厚な存在感のグランドピアノが鎮座し、鍵盤が紡ぐ伴奏にのせ、前列のバンドメンバーが肺活量の限界に挑むかの如くサックスを吹きならす。
男もいれば女もいる。客層は比較的若く、二十代~三十代中心。特筆すべきことに人種の垣根も一切取り払われて、ミュータントと人間が和気藹藹同席している。
カウンターに座す毛むくじゃらの男が、隣に滑り込んだ若い女にカクテルをおごる後ろのテーブルでは、|ウサギ耳の娘《天然のバニーガール》が鱗肌の彼氏とじゃれあっている。ミュータントとの共存が進んだアンデッドエンドでも珍しい光景だ。
仄暗い間接照明がムードを醸し出す店内。飴色に磨きこまれたカウンターに顔を映し、そわそわするピジョン。スツールの座り心地を確かめるように僅か腰を浮かし、右に左に回してみる。
「……イイ感じだね、うん」
第一印象は上々。バンドの演奏もいいし、客に線引きしない店内の雰囲気も好ましい。
「さすが劉おすすめの店。見る目あるよ」
「まだ一杯も呑んでねーだろ」
ピジョンの称賛を世辞ととり、劉が肩を竦める。
本日、ピジョンは劉の行き付けのバーを訪れた。目的は夜遊びだ。
「雰囲気でわかるよ、みんな楽しそうだし。マスターもいかにも通って感じでダンディーじゃん。それにあの酒瓶の本数、すごい」
「まー確かに、数はそろってるな」
マスターの背後、古今東西の酒瓶が充実した棚へ視線を放る。
ピジョンは不安げに周囲を見回し、唯一のツレにこっそり耳打ちする。
「……俺浮いてないかな」
「大丈夫だろ」
「このかっこおかしくない?ジャケット羽織ってきたほうがよかった?」
「こまけーこと気にすんな、ドレスコードもねえんだし全裸じゃなきゃなんでもいいよ」
「今から飛んで帰って……いやよそうスワローにでくわすと面倒だ」
「って、お忍びかよ」
劉のツッコミに顰め面を作り、弁解がましくピジョンが呟く。
「友達と飲むのにアイツに干渉されたくないね」
「また喧嘩かよ」
「そうじゃないけど……」
言いにくそうにむくれ、カウンターを指でトントン叩く。
「アイツだって好き勝手出歩いてるんだからおあいこだよ。夜はきまってふらっといなくなっちゃ、一晩中クラブで踊りあかすか女のとこにしけこんでる。朝帰りなんかしょっちゅうでこないだなんか泥酔したあげくダッチワイフ連れてきたんだぞ、ドア開けて心臓止まった」
「生身じゃねーのが救いだな」
「毎度毎度女の子とっかえひっかえ乱痴気騒ぎで迷惑かけまくって……スワローときたら毎度そうだ、家で心配して待ってる俺の身にもなれ。だったらこっちもパーッと息抜きしてやる」
「黙って出てきたらキレるんじゃねーの?」
「ぐーすか爆睡してたから大丈夫だろ、朝まで起きないよきっと。昨日派手に遊びすぎたんだ」
ピジョンが自信満々に決め付け、はにかみがちな笑みを見せる。
「……それにさ、劉とは一回飲みたかったし」
「物好きなこって」
「本当だって。アンデッドエンドは長いんだろ?」
「そこそこは……」
曖昧に濁す劉の方へやや乗り出し、力を込めて畳みかける。
「こっちに来てからやることだらけで大忙し、部屋を見付けるまでが大変だった。免許とるための勉強も大事だし、とったらとったで修行漬けの毎日だし……最近になってやっと人心地が付いた」
「ガキん頃からトレーラーハウス住まいだっけ」
「うん。念願叶って憧れの都会にでたらオシャレなバーを見付けてデビューするはずが、恥ずかしながら自分のことだけで手一杯のていたらく」
「まさか酒飲んだことねーの?」
劉が素で驚きの声を上げ、ピジョンは苦笑いする。
「バドワイザー位。スワローのヤツがベッドの下にぬるいのくすねてたんだ、ダースで」
「いまどき信じらんねーくれえ清い体だな」
「母さんの馴染みが酒癖悪くて、一回捕まった時はあせったよ。無理でも飲まないと離してくれなくて……結局どうなったんだっけ、目が覚めたらなんでかベッドにいたけど頭は重いわ吐き気はするわ気分サイアク」
「ガキの頃から苦労してんだな」
劉がしみじみ同情する。
ピジョンは内心の高揚もあらわに友人を見る。
「本当楽しみにしてたんだ。スワロー以外とでかけるなんてあんまりないし、ていうかこっちきてまだ一年たらずでうちとけた知り合いいないし……先生や大家さんはよくしてくれるけど」
親元を離れた弱音を吐露し、不安と期待が綯い交ぜとなった瞳を向ける。
「スワローが世話になったよしみで……序でに俺にもいろいろ教えてほしい、っていうのはだめかな。図々しいか」
劉は一瞬返事に詰まり、結局ほだされて無愛想に付け足す。
「行き付けのバーなら教えてやれっけど、酔っ払いの後始末は別勘定」
夜遊びを教えてほしいと持ちかけたのはピジョンだ。
これから五年十年とアンデッドエンドで身を立てるなら安全なバーを知っておいて損はない。店や区画によって縄張りが異なり、身を持ち崩した賞金首のたまり場もあれば賞金稼ぎを疎んじる経営者もいる。
厄ネタを持ち込む一点において、賞金稼ぎは賞金首と同等に嫌われているのだ。
「やった、飲み友達ゲット」
ピジョンがゲンキンに指を弾いて喜び、劉がシラケた目を流す。
「浮かれすぎだろ」
「そ、そうかな」
すごすごと指を引っ込め、再びふやけきった笑みを見せる。
「……友達らしい友達いないから。仲良くなってもすぐ移動だし、こーゆーのちょっと、結構ずっと憧れてた」
「こーゆーの?」
「スワロー以外でくだらない話ができる相手……俺の馬鹿話に丁寧に突っ込んでくれて、なんていうか、なれあい?的な。上手く言えないけどうん……肩肘張らず会話のキャッチボールができる相手」
「スワローじゃデッドボールだもんな」
「わかってくれるか……」
「マジで泣き入るなよ」
「なんで俺の弟はセンテンスごとにファッキン入れなきゃ会話できないんだ?|クソ《ファッキン》暑い中|クソ《ファッキン》遠い店に|クソ《ファッキン》まずいシリアル買いに行かされて|クソ《ファッキン》だりぃって、都合四回も言ってるんだぞ?ファッキン四冠王かよ」
「買いに行ってくれるだけいいじゃん……」
カウンターに突っ伏して嘆く友人をやや引き気味に励ます。世間ズレした彼にとって、ピジョンの誠実さは毒だ。
「ここ、イメージカクテル作ってくれるんだぜ」
「へえ?」
「頼む?」
「ぜひに」
唐突に話題を変えれば、ピジョンが興味津々食い付いてくる。
痒い沈黙を破りたい一心で手を挙げた劉の方へ、黒いベストとシャツを着こんだマスターが粛々とやってくる。
「俺とコイツにおまかせで」
「かしこまりました」
マスターが慇懃に肯い、銀に光るシェイカーを握る。
「イメージカクテルってどんなの?その人を見て、似合いそうなの作ってくれる解釈であってる?」
「大体そんなとこだけど、『ぜひに』の前に聞けよ」
「好奇心が勝って……」
アイスピックで氷解を砕きシェイカーに投入、そこに酒瓶を傾けて中身を注いで攪拌。
「プロフェッショナルの手並み」
「バーテン歴二十年です」
軽快にシェイカーを振り立てるマスター、その一挙手一投足を熱っぽい憧れのまなざしで見守るピジョン。その横顔を行儀悪く頬杖付いて見物する劉。イメージカクテルの噂は聞いていたが、注文は今回が初めてだ。はたしてどんな仕上がりになるのか……
カラン、氷の一角が溶け崩れる。
「どうぞ」
グラスにシェイカーの中身をあけ、カウンターに滑らす。
透明なグラスを満たすのは澄んだ赤茶の液体。表面で光が屈折し、なめらかな琥珀に照る。
供されたグラスを右手に持ち、ピジョンが礼儀正しく聞く。
「綺麗な色ですね。なんていうんですか?」
「ラスティ・ネイルです。ウイスキーベースの強い甘みが特徴的なカクテルでして、色合いが錆びた釘のような赤茶なのが由来です。僭越ながらお客様の瞳の色から連想致しました」
「へええええええ!」
マスターが流暢に解説を加え、ピジョンが凄い勢いで感心する。
「持ってねーで口付けろよ」
「もったいなくて……飲むとなくなっちゃうだろ」
「酒だからな」
「バーテン冥利に尽きます」
「俺の瞳、こんな色なのか……」
「洗面所で見ねーの?」
「自分とにらめっこすることそうそうないだろ?」
言えてる。
数呼吸ほどカクテルに見とれ、ちびりとなめる。
「……確かに、スワローの色だ」
「そこも弟基準?」
「アイツの目を見てる時間のほうが長い」
口の端を上げて茶化す劉にむくれ、イメージカクテルをぐびぐび飲む。
劉の前にグラスがくる。
「初めて見るヤツだな。コイツは……」
「ダーティーマザーです」
劉が凍り付く。
マスターは淡々と説明する。
「ブラックルシアンのバリエイションの一種でして、ベースとなるコーヒー・リキュールをウォッカでなくブランデーで割ったものです。以前お越しくださった際にブラックルシアンを頼まれたので、コーヒー風味のカクテルがお好きなのではと……とはいえ生クリームをのせたホワイトルシアンほど甘くはなく、テキーラで割ったブレイブルほど辛くもなく、こちらがお客様にいちばんお似合いになるかと愚考しました」
丁重な物腰で言い終えたマスターに対し、無言でグラスをとる。
「……甘くもなく辛くもなく。どっち付かずの半端もんってか」
「ご気分を害されたら謝ります」
「ごちそうさま、おかわりください」
ちゃっかり追加を頼んだピジョンが、ほのかに赤らんだ顔で劉の手元をのぞきこむ。
「なんで|ダーティーマザー《汚れた母親》っていうのかな、こんなに綺麗なのに」
劉がうろんそうに目を上げる。
ピジョンは人懐こく笑い、干したグラスを劉のグラスと合わせる。
かちん、涼やかな乾杯。
「コーヒーリキュールの芳しい香りとブランデーの濃厚な風味があわさったコクのあるカクテルです。ブランデーの樽熟成由来の甘い香りとカルーアのバニラ風味が絡み合い、芳醇な香りを作り出します。女性にも人気がございますよ。お客様のおっしゃるとおり、ダーティーの名に似合わしからぬ甘くて円やかなカクテルです。まるでデザートのような……」
「呑んでもいい?一口」
マスターの話を聞いて食指が動いたのか、ピジョンが真剣にせがむ。
劉が頷いたのを確認後、早速グラスを掲げて嚥下。
いやに艶めかしく喉仏が動き、酒気に染まった甘い息を吐く。
しどけなくたれたピンクゴールドの前髪の奥、潤んだ目がゆっくり瞬く。
「おいしいよ、劉の」
「…………そりゃどうも」
赤い舌が唇の上下をなめて後味を反芻。
グラスを返す際、指先が触れ合って熱が散る。
「……すごいおいしい。俺も欲しいな」
指先が離れる一瞬、地味な顔立ちが艶然と蕩け、ほくそ笑む眸と濡れ光る唇に媚態がほのめく。
スツールに座り直した拍子にシャツの内に吸い込まれた華奢な鎖がチャラリと鳴り、襟元を寛げて熱を逃がす指遣いに、視線を搦めとる色香が滴る。
「すいません、同じのください」
「ダーティーマザーですね、了解しました」
「これとこれとこれもおいしそうだな。あ、お摘まみ付いてくるんだ。ピーナッツとサラミとポテトチップスかあ、どれにしよ。うーん悩ましい、いっそ全部?夕飯ぬいてきたし入るかな余裕で。劉も食べるよね、じゃあ二人分おねがいします、ポテチにはサワークリームも付けて」
「お待たせしました」
「あ、チェリーだラッキー……無料ですよね?」
「おまけです」
「やった、気前いい!」
「なんのなんの、おいしそうに飲んでくださるお礼です」
「じゃあお返しにすごいの見せますよ」
「おお、口の中でサクランボの茎を……素晴らしいテクニックをお持ちですね、お見それいたしました」
「もっとすごいのもできますよ、口の中でピーナッツの殻を剥いてベロの上に立たせたり……実演しましょうか?どっちが早く立たせるか、子供の頃弟とよく賭けをしたんです。世界広しといえ舌で早く立たせるのにかけちゃ俺の右に出るものいませんよ、経験値が違うんだから。なんならチェリーの茎を輪にしたピンキーリング贈呈しますよ?」
「謹んで返上します」
ピジョンが垂れ流す色気にあてられ束の間ボンヤリしていた劉は、追加のグラスが一瞬で干され、その数既に十杯をこえたのに気付く。
「……え?」
本当の地獄はここからだ。
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