64 / 66
Punishment game 後
第二ラウンドの火蓋が切って落とされた。後手はスワローだ。
「人の胸べとべとなめまわしていい気になんなよ」
「書いたのお前だろ」
「じゃあテメェ自慰しろって書いてありゃ自慰すんのかよ?」
「引き当てた時に考える」
リベンジに燃えるスワローが忌々しげに歯噛みし、真ん中のナプキンを勢いよく引き抜く。ガサツに広げて目を通した瞬間、その顔が凍り付く。
「なんて書いてあったんだ」
即座にちぎり捨て……ようとして思い直し、ヤケっぱちで投げ付ける。
「『フェラチオで5分以内にイかせる』」
内容を読み上げたピジョンの目の温度が急低下、素面で感想を述べる。
「ゲスの極みだな」
脇に立ち尽くす弟の顔にはでかでかでとこんなはずじゃなかったと書いてある。
「畜生!」
下心が完全に裏目に出た形となったスワローが椅子やテーブルを蹴って当たり散らすのを、やや引き気味に宥める。
「無理しなくていいぞ。最初に言ったろ?たかがゲーム、ゲスなお遊びだ」
「手心加えてくれてありがとうとでも言やァ満足か?素直に降参認めろって?テメェはやったじゃねえか」
「まあ……ルールだしね。俺ん時は時間制限なかったし」
口ごもりがちに呟けば、スワローが腕を組んで脅す。
「じゃあ何か、俺が五分以内にフェラで勃たすのは絶望的ってか」
「そうは言ってないけど、こういうのは気分ってものが」
「さっさと脱げ」
どうやら対抗心に火が付いたらしい。スワローは人一倍負けず嫌いだ、相手が兄ならさらに度合いがはねあがる。
「ここで引っ込んだら俺の負け確定だろーが。親切ごかして棄権進めるこすっからい魂胆が見え見えだ、どっこいその手は食わねーぞ」
これ以上苛立たせたら何をしでかすかわからない。
立ち代わりピジョンを椅子に座らせ、その膝の間に跪く。
イラ付いた手でズボンごと下着をおろし、露わになった兄の下半身に舌なめずりしてみせる。
「ちょっと待てよスワロー」
「待たねえェよ、もったいねェ」
慌てて引きはがそうとするのをうざったげに振り払い、萎えたピジョンのペニスを両手で持って口に含む。フェラチオなら普段のセックスでもやっている、抵抗は感じない。もともとピジョンは早漏だ、五分もあれば楽勝と高を括る。
「…………ッ、は」
熱く蕩けた口腔がペニスを愛撫する。鈴口を舐め裏筋を繰り返しねぶり、両手で上下に擦り立てる。フェラチオなら互いにしているから抵抗ない……はずだった。
椅子に掛けて見下ろしてるせいか、奉仕させている錯覚をきたす。
襟足に届く程度に伸びた後ろ髪も口の動きに合わせ上下する後頭部も、ピジョンの位置から見下ろす全てが征服欲を煽る。
「スワロ……、ッ」
「感じてンの?声だしていいぜ」
さっきとまるで同じ囁きに恥辱が燃える。コイツ、リベンジしてる気かそれで。
スワローはピジョンのいい所を知り尽くしている。フェラチオのテクニックは一級で、ペニスを吸い立てる都度腰に甘美な震えが走る。
「は………、」
吐息が熱く湿り、わななく口が喘ぎを漏らす。
ピジョンの膝の間に跪いて奉仕する弟の表情はたまらなく淫蕩で、先走りに濡れた唇から覗く舌が波打ち、剥けたペニスに絡みつく光景に劣情を催す。
「ん、は」
伏せた睫毛に翳る赤錆の瞳が潤み、形良い唇を丸く膨らんだ亀頭に押し当て、赤く潤んだ粘膜でペニスを包む。
開いた口が粘着質な糸を引き、スワローの肩にかけた手が強張る。
「駄目だスワロー…………これ以上は…………」
我慢、できなくなる。
犯したくなる。
そんな風にされたら抗えない、お前を抱きたくてしょうがない。
前かがみになった拍子にズボンの中のロザリオがちゃらりと鳴り、ぐずぐずにふやけていく良心に警告する。
求められるのは慣れている。求めにいくのは恥ずかしい。抱かれるのはよくて抱くのは駄目、そんな理屈があるのだろうか?どうせもう過ちを犯してるのに今さら何を拒む?
「は………このカッコでやるのは初めてだったな……汁でべとべと」
唾液を捏ねる音も淫猥に、下品なほど大胆にペニスをしゃぶりまくるスワロー。
視点が変わるだけでこうも刺激が増すのか。
弟に奉仕させている事実に背徳的な興奮が高ぶり、知らずポケット越しの十字架を掴む。
スワロー、俺の可愛い弟。ずっと可愛いままでいてほしかった。小さい頃からちょこちょこあとを付いて回って、母さんが客をとっているあいだはずっと耳を塞いでやった。
その弟が大きくなり、嬉々として自分にフェラチオをしている。
「あッ、あふ」
「第二ラウンドはもらったな」
うまそうにペニスを頬張りながら、くぐもった声で得意がる。先走りでぬる付く手が竿をしごき、カリを含んで動かすようにする。
「ァあッ、すあろィくっ、ィく」
限界の訪れを察して切なく叫び、反射的に弟の頭を押さえこむ。
「!?ぅぶ、」
「―――――――――――――――――ッ!!」
両手で掴まれ股間に押し付けられたスワローがもがき、その震えが口内に伝わった瞬間、爆ぜる。射精の合図を送る余裕もなかった。スワローの口からペニスが抜けると同時、粘っこい白濁が顔に飛ぶ。
「俺の勝ち」
顔射された直後でもスワローは動じない。勝利の余韻を味わうように不敵に笑んで口元の飛沫をなめとる。
「お互い一勝でイーブンか。次はお前な」
もうやめようと言うべきだ。よそうと止めるべきだ。俺が兄さんなら……正しい兄さんで在りたいならそうすべきだと頭ではわかっている。
「は…………、」
力なくうなだれた口元が卑屈な弧を描く。仄暗い自嘲の笑み。
正しい兄さんだって?今さらどの口がぬかす、とっくに引き返せないところまで行き着いてしまったのに。
受け身で一方的に求められるセックスは気持ちいいか?
至れり尽くせりで天国か?
求められたから応じてやった、欲しがるからくれてやったと血を分けた弟ただ一人を悪者に仕立て上げて信仰に縋り付いて安っぽい良心は救われたかピジョン・バード?
答えろピジョン・バード。
俺は本当は、ずっとコイツを犯したかったんじゃないか?
コイツが俺にしているようにしたかったんじゃないか?
偽善者め。
吐き気がする。
「さっさと引けよ」
捲るなと理性が警鐘を鳴らす。捲ってしまえと本能が焚きつける。ためらいがちにテーブルに手を伸ばし、ナプキンをなぞり、また引っ込める。
「じらすなよ」
「何が出ても後悔しないか」
「くだらねェ質問。ぐだぐだ後悔すンのは兄貴の専売特許だろ、選択権はこっちにある」
そうだ、優柔不断なピジョンと違ってスワローは絶対後悔なんかしない。
深呼吸で意を決し三枚目のナプキンを捲り、おそるおそる目を通す。
そこにはスワローらしい、恥も外聞もない直截な一言が記されていた。
露骨な舌打ちが響き、緩慢な動作でスワローに向き直る。
「くそったれが、とことんツイてねェ。兄貴にギャンブル負けとかありえねーんだけど」
黒いタンクトップには乳首がくっきり浮いている。肌はまだ火照りを帯びて赤らんでいる。
「仕方ないだろ、ルールなんだから」
「仕方ねーからヤんの」
挑発的にまぜっかえされ、ピジョンの中で何かが切れる。
椅子から腰を浮かせスワローの腕を掴み、テーブルに押し倒す。
「お前に抱けんの?」
スワローが狡猾そうに目を細め、テーブルに腰かけた姿勢からピジョンの首をかき抱く。
もっと駄々をこねるかと思ったら意外に従順だ。
一連の行為をゲームだと、セフレたちと耽る火遊びと同じ悪さだと割り切っているのか。
イエローゴールドの髪がばらけ、どこまでも性悪な赤い目が底光り。
男をたぶらかす娼婦のような、人をそそのかす悪魔のような顔。
「自分だけはおキレイでいてえくせに血を分けた弟に手ェ出すのかよ、リトル・ピジョン」
母さんが哀しむぜ。
立てた片膝を緩く抱き寄せて小首を傾げるスワロー。これが誘惑ならおそろしく様になってる。
もしかしたら最後のは幻聴かもしれない。やめるなら今、最後のチャンスだ。頭ではわかっているのに身体の火照りがちっともおさまってくれない、コイツの全部が欲しくてたまらない。
スワローの肩に汗ばむ手をかけ、額を合わせる。
「|処女《ヴァージン》みたいに抱いてやる」
スワローが虚を突かれる。
「…………どうしてもイヤっていうならやらない。レイプじゃないから」
土台スワローが本気でいやがったらできるわけがない。
「でも……ちょっとでも抱かれていいって思ってるなら」
俺は偽善者だ、全然優しくない。
今までずっと逃げ続けてきたのがその証拠だ、弟一人に罪をおっかぶせて逃げおおせてきた。
最初はなし崩しとはいえ何年も行為を受け入れてる時点で共犯なのにスワローがしつこくせがむから嫌々折れたポーズを崩さず、何から何まで相手に丸投げした受け身の快楽を享受してきた。
それはフェアじゃない。
俺たちはフェアじゃなけりゃいけない。
どうせ堕ちるなら、一緒に。
「優しくする」
そこが地獄でも。
コイツが俺に欲情しているように、俺はコイツに欲情している。
ピジョンはスワローの手を捧げ持ち、指の股に自分の指を絡めていく。
「覚えてるか、初めてウリした時のこと」
「……ああ。お前がポーカーでハメられて俺がリベンジに」
「で、負けた」
「ちげーよ、負けてやったんだ。ああでもしなけりゃ部屋に入れねーだろ」
「最初から殴り倒してばっくれる魂胆だったのか……」
「じゃなきゃ取り返せねーもん」
スワローがピジョンの胸元で輝くタグに一瞥よこす。
「あの時……お前がまた無茶やらかしてとんでもない成り行きにびびったけど、焚き付けられて腹くくった」
「ぎこちねーフェラ、今思い出しても笑える。顔真っ赤で窒息しちまいそうだった」
「あの時もこうして手を握ってくれた」
スワローの手は随分大きくなった。それはピジョンもだ。
二人とも既に子供じゃない、厄介ごとだらけで手に余る人生でも誰をどう抱くか決められる程度には大人になった。
「…………抱かせてほしいんだ。ダメか」
「童貞がふかすな」
「童貞じゃない」
「一人は経験のうちに入んねーよ。てか野郎抱いた経験ねーだろ、女たァ勝手が違うってのまず穴の位置が」
「されてるんだからいやでもわかる」
「そんなに抱きてェ?」
含み笑いの上目遣いに目だけで肯定の意志を返し、恋人繋ぎに絡めたてのひらを裏返し、切羽詰まったキスをする。
てのひらの柔肉を啄むように吸い立てれば、スワローがくすぐったそうな笑いを漏らし、自らタンクトップの片腹を巻き上げる。
「下手くそだったら股間抉んぞ」
「できるだけ頑張る」
「できるだけじゃねえ、死ぬ気でやれ」
弟に欲情している事実を認め、ゆっくりとテーブルに押し倒す。もどかしくジーンズのジッパーを下げて脱がし、トランクスに手を潜らす。
「は…………、」
「してやるからじっとしてろ」
熱い吐息を漏らすスワローを宥め、そのペニスを片手で立て、もう片方の手で竿を擦る。ピジョンは生唾を飲み、控えめに口を開けてそそりたったペニスを食む。上手いフェラチオの仕方はスワローに教えてもらった、経験値じゃとてもコイツにかなわない。
「ん、はァ、んむ」
スワローのペニスはしょっぱい。自分と同じ、仄かに鉄臭い汗の味がする。唾液を捏ねる音をたて、口に含んで夢中で吸い立てる。喉が圧迫されてキツく、眉間に苦痛の皺を刻む。
フェラチオなんてもう何十回と命じられてきたが、自分から進んでやるのは初めてだ。
唇で丁寧に愛撫し、丸く窄めた舌先で鈴口をほじり、一番感じる裏筋を逆撫でする。
「ぅっ、は…………すっげ、積極的だな。口ン中溶けちまいそうだ」
鈴口から滴る透明な先走りを指ですくい会陰に伸ばす。潤滑剤を取りに戻る時間が惜しいからこれで代用する、分泌液は十分だ。
ピンクゴールドの前髪が朦朧とする目を遮り、首から滑りおちた鎖が屹立に触れる。弟と揃いのドッグタグがペニスに当たり、瞬間震えが走る。
「――――――――――――――ッ!!」
言葉で報せる余裕もないのか口に出すのは恥ずかしいのか、肩を殴られた。スワローが切なく呻いて爆ぜ、大量の白濁がピジョンの顔に飛び散る。
「たくさん出たな。いい子だ」
「………調子のんな、こんなの序の口……」
「イケるか」
スワローが出した精液を会陰から後孔へ塗りこむ。ツプリと人さし指に圧をかければ、あっさりこじ開けられる。遊んでいる証拠だ。
スワローがローティーンの頃から売春しまくっていたのは知っている。知ってて知らないふりをしてきた。だって言っても無駄だから、どうせコイツは言っても聞かないから、そのうちピジョンは諦めて見て見ぬふりが当たり前になった。
兄さんなのに。
兄さんだったのに。
スワローが身体を張ってアンデッドエンド行きの旅費を稼いでくれてた間、俺は空き地の瓶をコツコツ拾って小銭に替えてたんだ。
一緒に汚れてやればよかった後悔と一緒に汚れてやれなかった無念がこみ上げて、それを上回る愛しさに押し流される。
「ぅッぐ、っあは、まどろっこしい……ほぐすのなんてテキトーでいい、とっとと挿れろ」
「そうはいかない、怪我したら大変だ」
セックスは人を従わせる道具じゃない、いわんや虐げる口実でもない。お互い気持ちよくなる為にする行為に手間暇を惜しみたくない。
最初の約束通り、処女を抱くようにたっぷり時間をかけてスワローをほぐす。
タンクトップを捲ってさらした胸板にキスし、形良いへそを舌でいじめ、尖った恥骨を吸い立て、放置に震えるペニスを揉みくちゃにし、使いすぎてふちが削げた後孔に指を抜き差しする。
スワローは極上の男娼の身体をしていた。
すり鉢状に赤く爛れた後孔は年端もいかない頃から何十人、下手したら百人単位の男を受け入れてきた事実を物語る。
「ふっ、ァ」
指を二本に増やしてほじくり返す。スワローが最高に艶っぽい声を出し、ほくそえむ目だけでピジョンを試す。
「実際見て引いたんじゃねえの?やめてもいいんだぜ」
可愛い弟、可愛いスワロー。
憎たらしくて可愛いお前。
「あッあ、ぅあぐ、てめっいきなりペース上げんな」
括約筋の抵抗を抜け、先走りと精液を塗した人さし指と中指をさらに奥に抉りこませば、根元までずっぽり咥え込んでキツく締め付けてくる。
「お前に教えてもらったんだ。文句あるなら自分に言え」
「!ぅあっ、ぐ」
直腸の襞を指でかきわけ前立腺のしこりを引っ掻けば、スワローが仰け反って懸命に波をやり過ごす。
「大丈夫だよスワロー、怖くないから」
「ゆっ、び抜け、ンなぐちゃぐちゃかきまぜられたらすぐッはっァ」
萎えるなんてとんでもない。どころか、ピジョンはどんどんおさえが利かなくなっている。受け身で快楽を浴びる側にいたら永遠にわからなかった、相手を征服する快感がオスの本能を突き動かし、前立腺への刺激に悶える弟に対して急激に股間がもたげていく。
俺とコイツはぴったりはまる。
「挿れるぞ」
「は…………、」
「辛いなら休む?」
「いちいち人の顔色見てご機嫌うかがいかよ……いいか悪いか、俺の反応でわかれよ」
イエローゴールドの前髪を額に散りばめ、恍惚と蕩けた目でピジョンを仰ぐ。そそりたつ乳首とペニス、淡く色づいた肌を申し訳に覆う汗じみたタンクトップが余計に卑猥だ。
たまらなく扇情的な肢体で息を喘がす弟にのしかかり、深く口づける。
「くだらねえゲームすんじゃなかった、あてがはずれた。この日の為にせっせとツキためこんでやがったのか」
「可愛いなスワロー。よく顔見せて」
拗ねる顔を片手で包み、ゆっくりと正面に向かせる。それから弟の両足を掴んで抱え、膨らみ熟れた後孔にペニスを固定。
「ぐ…………」
物欲しげにぱく付く肛門に先端がめりこむ。テーブルに寝かされたまま、大股開きになったスワローが「~~~~~~~~~ッああ」と声にならない声で叫ぶ。
ピンクゴールドの髪がしっとり湿り、汗が一粒滴り落ちる。
「犯してるくせに犯されてるみてェな顔すんなよ、馬鹿」
「だってお前の、すごいイイ……から」
俺は兄さんだ。兄さんだ。兄さんだ。こんな時まで馬鹿にされてたまるかすぐイくな耐えろ、どうせなら一緒に堕ちたいその方が気持ちいい抱かれるのは気持ちいい何でもしてもらうのは気持ちいい、だけどそれはフェアじゃない俺だって劣情するお前が他のヤツに抱かれてるの考えるだけで嫉妬でおかしくなりそうなんだ本当は俺が一番抱きたいのに
「いくぞ」
一番お前を気持ちよくしてやれるのに
「あッあぁっあっあピジョンぃいっ、すげっはァあンっどうしちまったんだははっガッツきまくり俺んなかギチギチに詰めてッ、ンあッはふっあッあッあ神様のお仕置き怖くねーのか!?」
「神様は見てないよ。余計な事に気を回すな」
向こうで狂った哄笑が爆ぜる、スワローが最高におかしそうに笑っている、仰け反り笑いながら喘いでいる。
心の中で許してくださいと神に母に神父に懺悔して血の繋がった弟を抱く、聖書が同性愛と近親相姦を禁じても知ったことか、俺は今コイツが欲しい死ぬほど欲しい可愛い可愛いスワロー食べてしまいたい憎らしいお前、ずっとずっと小さいままでいてくれたら守ってやれたのに俺を追い越して先に行ってしまったお前
「はッあ、ッァ、ぐぅ」
必死にスワローを揺さぶる、勃起したペニスが直腸を滑走し前立腺を叩く、ピジョンの口がふやけ唾液が一筋たれおち、それを見たスワローが虚ろに乾いた笑いをたてる。
「はっあ、はははははは、やらしー顔してんな……」
「お前の中すごい熱くて……ドロドロに溶かされて食われそうだ……」
「母さんが見たらなんていうかな」
「母さんならきっとお見通しだよ」
俺達を産んだ時から。
『ピジョンはお兄ちゃんだから、スワローのこと守ってあげてね』
約束を果たせなかった。
だってコイツは、とっくに俺をおいていってしまったから。
置き去りにされるのが嫌で取り戻したくて、コイツが色んな男と寝てるのは知っていたけど知らんぷりで自分の心だけ守って、そんな俺は狡くて小さくて汚い人間だ。地獄に落ちてしかるべき最低の偽善者だ。
実の弟に欲情しているくせに、それを偽ろうと受け身に回る。
ふとした時に目で追ってしまうコイツの仕草、おくれ毛が舞い上がり暴かれるなめらかなうなじ、タンクトップに無防備に浮く乳首、俺のモノを含んで育てる唇、強靭な意志と苛烈なプライドを宿す赤錆の眸、潔癖でいたい俺を狂おしく虜にする罪作りな全て。
ピジョンの回想を断ち切ったのは不意に伸びてきた力強い腕だ。
テーブルに寝たスワローがピジョンの首ったまにかじり付き、快楽に堕ちる一歩手前で踏み留まる笑みを刻む。
「よそ見はなしだぜ兄貴。せっかく抱かせてやってんだからちゃんとイかせろ」
その手がピジョンの頬をこすり、すくいとった水滴を口に運ぶ。
ピジョンは泣いていた。
「あ…………」
実の弟と繋がり、その肉を夢中で貪りながら、瞬きを忘れた目が勝手に涙を流していた。
気持ちよくて。
気持ち良すぎて。
その事にただただ絶望していた。
ピジョンの眦から零れた涙がスワローのドッグタグに落ちる。
「|泣き虫《クライベイビー》」
いたずらっぽい笑いを塗した一言で箍が外れた。
スワローの足を固定し激しい抽送を再開、直腸の襞が収縮しペニスを搾り上げ射精欲が募りゆく、スワローが喉を仰け反らせてうるさく喘ぐ、最初は噛み殺す余裕があった喘ぎがピジョンの腰使いが激しさを増すのと比例し高まっていく。
「はっふあァあァッいい、すっげいい兄貴の奥ッ、前立腺ゴリゴリ当たってすげ、もっとくれよやべーの止まンねっあッあぁああああっああッァ!」
「っは、お前の中締まる……キツいよスワロー、もっと緩めて」
「無茶いうなこっちもギリだ!」
はしたなく上擦る腰と喘ぎに高まる射精欲、ピジョンはわけもわからず煮立った頭で弟に何度もキスをする、その瞼に鼻に口に耳に胸にくりかえしキスをして苦しい愛情を示す、スワローもがむしゃらにこれに応じる、お互い小鳥が啄むように性急なキスを与え合い奪い合い相手の吐息すらも余さず貪り尽くす。
「はッぅあ、痛ッぐ」
「俺様に食いちぎられんなら本望だろ」
抱かれてる最中でも減らず口は健在で、今この瞬間たしかに繋がっている安心感と幸福感に満たされて、呟く。
「俺のスワロー」
ずっと小さいままでいてほしかった、たった一人の弟。
「大好きだよ」
「っは……母さんよりも?」
「切ないこと聞くなよ」
「クソ神父よりも」
「比べられない。お前は俺の半分だ」
責め立てられながら妙にたどたどしく訊く様子に幼い頃の面影が被さり、絶頂へ達する。
「ッ、でる…………」
最後の瞬間、無意識に弟の手を握り締める。スワローも砕けそうなほど握り返し、引き寄せたピジョンの耳元で何かを囁く。
「 」
閃光が爆ぜた脳裏にその言葉は像を結ばず、屈折した独占欲を全て吐きだすような長い長い射精と同時にピジョンの意識は溶暗していった。
金属質のチャイムが鳴り響き、うっすらと瞼を開ける。
鼻先をくすぐる香ばしい匂いに振り向けば、ピザの平箱を抱えたスワローが立っていた。
「やーっとおめざか。ピザきちまったぜ」
「…………え?は?何でリピート……お前またとったの?一枚じゃ足りなかったのか」
「は?」
「いくら育ちざかりだってジャンクフードの食べ過ぎは体に毒……」
「寝ぼけてンの?今きたばっかだろ」
スワローがふたを開けて届きたてのピザを見せる。あっけにとられたピジョンをよそに行儀悪く摘まみ食い、チーズがとろけた糸引く一切れをかじってご満悦の笑みを浮かべる。
「ンめー。さっさと席着けよ、食うぞ」
「俺……寝てた?」
「ぐっすりとな」
ピジョンはソファーを背に、立てかけたスナイパーライフルに寄りかかるような形でうたた寝していたようだ。目の前の床には手入れ道具一式が広げられている。既視感を呼び起こす光景に著しく混乱、さかんに瞬きして周囲を見回す。
「疲れてんじゃねーの。うなされてておもしれーから放っておいた」
テーブルに凭れてピザを食いながらスワローが笑い、ピジョンは胸元の十字架を手繰って心から安堵の息を吐く。
「よかった……」
「あン?」
「こっちの話」
スワローを犯すなんて悪い夢、あってはならない現実だ。
どうしてあんな夢を見たのか不可解だが、コイツを汚さずにすんで本当によかった。
「スワロー、ちょっと来い」
「お前が来い」
「たまには素直に聞け」
「やだね」
まったく人の言うことを聞かず反抗してばかりいる、これが本当のスワローだ。あんなに大人しくて可愛いのが本来のコイツのわけないと、冷静に考えればすぐわかったのに。
『|泣き虫《クライベイビー》』
ふしだらな聖母のように微笑み、まなじりから零れた涙を指の背でぬぐうスワロー。
俺の欺瞞も偽善も保身に走る狡さも全部ひっくるめて受け入れて許してくれた、ただただ都合のいいだけの弟。
アレは俺の身勝手な妄想の産物、歪んだ欲望の表出した偽者にすぎない。
仕方ない。
スナイパーライフルを寝かせて腰を上げ、テーブルに寄りかかってピザを食べる弟と向かい合い、その頬を片手で包む。
そこだけは自分とよく似た赤錆の瞳に疑問が浮かび、口の端をねじって皮肉っぽい笑みがちら付く。
「食前のキスでもすんの?宗旨替えなら結構なこった、毎度毎度しんきくせーお祈り聞かされたんじゃ飯がまずくなる」
「ごめん」
唐突な謝罪に面食らい、ピザをぱく付くのをやめてまじまじピジョンを見返す。
「今の謝る流れ?例の祈り打ち切んなら俺的にゃせいせいすっけど」
「いや、祈りはやめない。お前がピザ注文するたびサラミの製造元の冥福を祈り続ける」
「嫌がらせかよ」
盛大に顔を顰めたスワローに弱々しく笑いかけ、気を取り直してテーブルへ赴く。
スワローも椅子を引いて座り平箱を真ん中におく。
ピジョンは前もって手を伸ばし、無駄に多いナプキンをゴミ箱に捨てておく。
コイツに欲情するなんてありえない。
そんな現実あってたまるか。
俺はくさっても兄さんだって、母さんと約束したんだ。たとえコイツがそんなことちっとも思ってなくたって、俺の身体の裏も表も中も暴いて堕としたって、それは俺がコイツを犯していい言い訳にならない絶対に。
俺はまだ、お前の兄さんでいたいから。
「あ゛~~~暇。何かおもしれーことねーかな」
「俺の部屋来るか」
「今のマジ?珍しいじゃん、兄貴からお誘いなんて」
「たまにはね。そういう気分の時ってあるだろ」
淫らな夢の延長の悩ましい火照りを持て余し、シャツの内側で二連の鎖が擦れあう感触にすら疼きを隠し得ず、うわべだけはいかにも好青年ぶった笑みでピジョンは言った。
ともだちにシェアしよう!