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2 思いやりの心(笑)
一度寮の外へ出て、近所の菓子屋でどら焼きを購入すると、俺は良輔の部屋の扉を叩いた。良輔の部屋は102号室だ。
しばらくして、部屋の扉が開く。
「はい?」
「おー、俺」
「――渡瀬」
良輔は俺の顔を見るなり、ぎこちなく表情を強ばらせた。
(――こりゃ、バレてるな)
内心、胃がキリキリ痛む。バレて開き直れるほど、神経は太くない。表の顔は大事だし、交遊関係だって捨てたくない。火遊びの報いといえばそうなのだが、社会的に死にたいとは思っていない。あんな写真晒しておいてなんだけど。
「どら焼き買ってきたから食わない?」
平静を装い、買ってきた袋を見せる。良輔は逡巡しながら、小さく頷いた。見た目は180を優に超え、髪を金髪にブリーチしているくせに、良輔は変に気の優しい男だ。今もどうしたものか迷った様子で、肩を小さくしている。良輔のほうが、悪いことをした子供のように見える。
「昨夜は飲みすぎちまったよな。お前、大丈夫だった?」
「あ、ああ……」
それとなく探りを入れる。良輔はどうする気なのか。このまま見なかったことにしてくれれば、俺としてはありがたい。
良輔は差し出されたどら焼きの包みを開け、「いただきます」と小さく呟いて齧り付いた。それを横目で見ながら、俺もどら焼きを齧る。
何か話してごまかそうと思ったが、良輔が深刻そうな顔をしていたので、口に出せなかった。無言でどら焼きを食う時間は、なんとなく気が重い。
「……」
やがてどら焼きがなくなり、二人とも無言になる。良輔はベッドに腰かけて、俺はすぐ隣の床に座ったまま。二人の間には微妙な空間が開いていて、それが生々しい距離感だった。
(俺は、どうしたいかな)
良輔に謝って、「俺はこういう人間なんだ」と言えるだろうか。取り繕ってきた表のキャラの分、口が重くなる。
ハァと溜め息を吐き、どら焼きの包みを捨てるためゴミ箱に手を伸ばす。
結論を良輔に任せるのは卑怯者だとは解っていた。だけど勇気がでない。
不意に、背後から腕が伸びる。
「え?」
良輔が俺の腕を掴んだ。そのまま引っ張られるようにベッドに連れられ、シーツに押し付けられる。
(――)
ドクン、心臓が鳴る。
良輔は俺のシャツを捲って、ズボンを少し引き下げた。
「っ、良……」
求めに驚くが、予想しなかった訳じゃない。こんなことは、前にもあって。やはりそんなものなのかと、少しだけ残念な気持ちになる。
だが、このまま乱暴に抱かれると思ったのに、良輔は俺の肌を見て手を止めた。
「――やっぱ、お前か。渡瀬」
「え?」
良輔はそう言うと、俺から手を離した。スマートフォンを操作し、画面を見せる。SNSに投稿した、俺の写真だ。
「あ」
尻の少し上にある、ハートの形の痣を確認されたのだと気付く。写真にはバッチリ、痣が写っていた。
(確信出来なかったのか……)
写真だけでは確信が持てず、痣を確認されたらしい。てっきり、身体を要求されるのかと思ったのに。拍子抜けだ。
(あれ? なんで痣のこと知ってるんだ)
誰かと風呂に入るのはマズい(大抵、痕があるからだ)ので、基本的にシャワーしか使っていない。知られているとは思わなかった。
「えっと……。良輔?」
「……」
良輔は無言で黙り込んだ。よほどショックだったのか、落ち込んだような顔をしている。
「あ――、やっぱ、ショック?」
俺の言葉に、良輔はすぐには返事をしなかった。少し間をおいて、首を小さく振る。
「いや、そういう訳じゃ……。それより渡瀬――」
「え? そうなの?」
「そうだよ。そこは、別に」
え? マジで?
てっきり、良輔はそういうの、嫌がると思ったのに。
「ホント? 俺がアナルセックス大好きなビッチキャラでも気にならないの?」
「――っ、お前なっ!」
「だってSNSに晒しちゃうような変態だよ? 気にならないとか、嘘だよな? 流石に」
「――流石に、驚いたというか――。危ないだろ! あんなの! バレたらどうすんだ!」
「いや、今マジでピンチなう、なんだけど」
良輔の態度に少しだけホッとして、本音を話す。良輔は本気で心配している様子だった。
「バカやってんじゃねぇよ……」
「うん。そうだな」
良輔はそう言うと、溜め息を吐いて項垂れた。
「……いつから」
「あのアカウントは一年くらい前から。ヤリモクで」
「……!」
咄嗟に手が出たのか、襟を捕まれる。「お前は」と言われているようだが、声にならなかったらしい。
「いやあ、寮だと色々アレじゃない? 連れ込めねーし」
「バカがっ」
呆れたように突き飛ばされる。
「怒ってんの?」
「腹が立つだけだ」
「怒ってんじゃん」
「俺に、腹がたってんだ」
「どういうこと?」
なんで良輔が良輔に腹を立てているんだ? 全く解らない。
「……お前、マジでそうなのか?」
疑うような言葉に、眉を寄せる。確信したんじゃないのか? 信じがたいだけなのか。
「見たんだろ? 俺の裏アカ。あの通りよ」
開き直ってそう言った俺に、良輔は深い溜め息を吐いた。開いていた二人の間を、ずずっと移動して詰め寄る。すぐ隣に来ても、良輔は嫌がって逃げたりしなかった。
「俺が悪いのに、ふてぶてしいとは思うんだけど」
「ん?」
「バラさないで、貰えると……」
「言えるか、バカ」
その答えに、心底ホッとする。だが、俺としては言葉だけでは不安があった。人間、本心は解らない。今は同情的でも、いつか手のひらを返されるかもしれない。
「良輔が言わないって言う、保障が欲しいんだけど」
「なに?」
「いやあ、俺が悪いのにマジでゴメンなんだけどさ。俺も安心材料が欲しいわけ。な、友達だろ?」
「都合良く友達とか言ってないか?」
良輔がじとっと睨む。
だって仕方がないじゃないか。俺ってば他人を信用できない、性悪なんだもん。
「そんなわけないだろ? けど、一蓮托生という言葉があってだな」
「?」
「お前の恥ずかしい写真も撮らせてくれ」
「――お前」
なにを言われたのか解らない顔で、良輔が固まる。俺はお構いなしに、良輔をベッドに押し倒した。
「すまん、良輔」
良輔のスエットを、下着ごと脱がせる。俺の行動に、良輔が慌てて俺の肩を掴んだ。だが俺は良輔の膝の上に乗って、逃げるのを邪魔する。
「お前っ、ふざけろっ!?」
「すまん、すまん。写真だけだから――お」
ぷるんと転がった良輔の性器に、目が釘付けになる。
え。マジで?
「え、ちょっと待って。なにこのおちん様。百人くらい見てきたけどこんなサイズ見たことないんだが?」
「ひゃくっ……?」
「おう。百人切り掲げてた時期があってな」
「ヤメロもう、しんどい」
良輔が頭を抱える。その間に俺は間近でじっくりと良輔の良輔たる部分を観察させて貰う。
まだ勃起していないのにこのサイズ感。勃ったらどれほど膨張するのか。思わず生唾が出る。
「旨そう……じゃなくて、お前コレ、女の子引くだろ。無理じゃね?」
「うるせぇよ!」
良輔は泣きそうだった。察するに、今まで彼女が出来ても長続きできなかった敗因がここにあったらしい。
「なるほどね。良輔ってばピュアだと思ってたけど、まさかピュアだったとは」
「やかましい! 良いから、退けっ」
俺を膝から退かそうと、良輔が手を伸ばす。
「まぁまぁ」
「マジでさっさと退けっ……。お前に思いやりの心があるなら」
「あ、それはねーんだわ」
思いやりの心? なにそれ、ウケるー(笑)
良輔は真っ赤だし、精神的に参ってそうだった。可哀想に。その上、童貞だったなんて。
「写真撮って終わりにしようと思ったけど、こうなったら俺が一肌脱いでやろう」
「あ?」
「こんなん、俺ぐらいじゃないと無理だろ。筆下ろししてやるよ」
笑顔でそう言いきった俺に、良輔は顔を青くした。
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