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15 初めてのお付き合い
とはいえ、別に今までと何も変わらないんだよな。というのが、俺の正直な感想。
「ふぁ……」
欠伸をしてベッドからのそりと起き上がる。良輔と付き合うことになった初めての朝は、何の感慨もなく問題もなく、普通に訪れた。別に同じベッドで眠ったわけじゃないし、何なら別れ際にキスもなかった。なんというか、普通に「じゃ」「おやすみ」の一言で済んでしまった。いつも通りじゃねーか。
(まあ、別にそんな期待はしてないし)
良輔に見透かされている通り、俺は身体目的なのだ。良輔だって解っている。甘い言葉など掛け合ったりしない。いつまで続くか解らないが、良輔が心配しなくなったのなら、それはそれで別れの時なのだろう。
「んぁー。昨日ラーメン食ったからな……顔むくんでる……」
顔洗って、ローション叩いたらパックしてマッサージして……。食べた分ちゃんとストレッチしておかないと。すぐ腹が出るんだから。でもまあ、あのラーメンは美味しかった。
朝のルーティンワークを一通りこなし、買い置きの水を飲んでいるところに、ピロンとスマートフォンの通知が鳴った。誰だ、こんな朝早くから。疑問に思いつつスマートフォンを手に取る。
「え」
良輔から、メッセージだ。
『おはよう。そう言えば昨日なんか普通に帰っちゃったな。悪い』
「――」
いや、だって、そんな。
気恥ずかしさに、顔が熱くなる。なんだよ。急に。そりゃ、付き合うことになったけど。
(う、顔、熱い……)
動揺して、スマートフォンを床に落とした。ゴンッと音が響いて、慌てて拾い上げる。良かった。割れてない。
「いや、こんなことで動揺して、どうする……」
心臓がバクバクしてる。なんだよ、コレ。
こんなことで、恋人らしい触れ合いなんかしたら、どうするんだ。俺、平常心でいられるのだろうか?
今までは友達だったから、そんなこと気にしなかったけど――。
(ヤバイ、羞恥心で死ぬかも)
まともに他人と付き合ってこなかった。「恋愛」なんて実をいうとしたことがない。
こんなに、恥ずかしいことだったのか。耐えられるかな、俺。
◆ ◆ ◆
朝食をとりに食堂に向かう。いつも通り低脂肪のヨーグルトとサラダを手に席を探していると、既に座っていた良輔が軽く手を上げた。向かいにはやはり、星嶋と上遠野が座っている。
「おはよー」
「おはよう」
良輔は俺の席を取っていてくれたのか、隣に座るよう促す。自然に席を開けられ、何だかむず痒い気分になった。
「お前ら昨日ナンパしに行ったんだって? 成果はあったのかよ」
星嶋が箸で指差す。
「良輔とラーメン食って帰った」
「渡瀬としか飲んでない」
「何しに行ったの?」
星嶋は呆れ顔だ。仕方がないだろうが。
「またサラダだけ」
「良いんだよ。昨日ラーメン食っちゃったし」
「これも食え」
良輔が目玉焼きの皿を寄越す。
「えー。まあ、良いけど」
卵ならまあ良い。遠慮なく受け取っておく。どうせならゆで卵のほうがカロリーは低いけど、卵は糖質が低い方だ。問題ない。栄養高いし。
「そういや、今度バーベキューやるんだって?」
星嶋が大口を開けて飯を頬張りながらそう言う。
「ああ、寮のな。俺と良輔、手伝いだよ。榎井もかな?」
「榎井が参加珍しいな」
バーベキューなどの懇親会は、参加自由だ。榎井が参加は珍しい。そう言えば、上遠野が参加したのを見たことがない。
「推しの布教をするんだって」
「ああ……、マリナちゃんね……」
本当、熱心なファンだ。
「上遠野さんは参加しないんですか?」
「え? おれ?」
問いかけると、上遠野は星嶋の方をチラリと見上げた。
「うん、芳が出るなら、参加しようかな」
「よし、じゃあ人手確保だな」
「手伝わせる気じゃねえか」
「そりゃ、榎井は戦力にならないし」
言いながら、目玉焼きにフォークを突き刺す。
「しかし、渡瀬マメだよな。そう言うの。面倒なの嫌いなくせに、絶対参加するもんな」
「被って得する猫なら、何枚でも被るよ。俺は」
本当は懇親会とか興味ないけど、円滑な生活のためなら仕方がない。表向きの俺は社交的なのだ。まあ、仲の良い仲間は、俺が適当なのは知っているが。
「まあ、渡瀬は運転出来るし、居ると助かるだろ」
「そうそう」
うちの寮生にも、何人か車持ちは居るけれど、運転しないヤツも多い。俺は営業職なので、運転も良くするのだ。
「まあ、とにかくそのうち、雛森から詳細連絡来るだろうから」
「だな」
恐らくは、買い出しの手伝いがメインになりそうだ。大人数で飲み食いするので、案外重労働である。
懇親会のことやらを話しながら朝飯を終え、それぞれ部屋に戻っていく。朝はなにかと慌ただしい。遅く起きた連中と入れ替りで食堂を出て、部屋に戻ろうと階段に向かう途中、良輔に引き留められた。
「おい、渡瀬」
「ん?」
「今日帰ったら、部屋に来いよ」
「ん? おー」
軽く返事を返す俺に、良輔が苦笑する。
「お前、付き合うって言ったわりに、変わらないな」
「え? あ」
そうだった。付き合うことになったんだっけ。
カァと耳が熱くなる。
「まあ良いや。先輩にスパイダーオム2借りたんだよ。お前好きだろ」
「あ、うん! 観る観る。ビール買って帰るわ」
なんだ、そんなことか。別に色気の有る誘いだったわけではないらしい。意識して損した。
良輔がキョロキョロと周囲を窺う。朝は何かとバタバタしているが、人通りはなかった。
腕を引かれ、耳元にキスされる。
「――っ」
「じゃ、また」
それだけ言うと、良輔は部屋に入ってしまった。
(っ、この……)
心臓がバクバクしている。顔が熱い。
なんで、良輔なんかに。
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