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33 同期会

「乾杯ーっ」  ジョッキを打ち合って、乾杯の声をあげる。寮近くのチェーン居酒屋が今日の会場だ。 「いやあ、悪いな。歓迎会とか開いて貰っちゃって」  と言うのは、本日の主役である、隠岐聡である。先日、予定どおりに夕暮れ寮301に入寮した。隠岐は少しも悪いと思っていないような顔で、一気にビールを飲み干す。斜め向かいに座っている榎井がげんなりした顔でビールを啜った。彼らは相性が悪いらしい。  今日は予定していた、同期四人と新入り隠岐の、歓迎会である。ここのところ俺は良輔といつも一緒だし、星嶋は上遠野とつるんでいたので、同期だけの集まりは久し振りだ。良輔は良輔らしく細やかな気配りでビールが失くなりそうな気配で新しく注文をし、大皿から料理を取り分けている。星嶋は社交的な性格なので、隠岐とよく喋っていたが、榎井はブツブツ文句を言いながらひたすらツマミを食い漁っていた。 「お前が大好きな天海マリナちゃんのチャンネルお勧めしないのか?」 「バカにされるのがオチだよ。あいつはオタクが嫌いなんだ」  いつもなら布教活動に余念がない榎井だが、隠岐に以前、オタク趣味を笑われたらしく、紹介するつもりはないらしい。どうやら根深そうだと、苦笑いした。 (榎井には悪いけど、隠岐とは付き合うようになるんじゃないかなあ)  俺を含め、良輔も星嶋も隠岐はズバズバ言うが嫌なヤツではないので、このまま付き合うことになりそうである。どうせなら榎井とも仲良くして欲しいものだが。 「ん、ちょっと電話」  眉を寄せて、良輔が立ち上がる。スマートフォンを片手に、人気の少ない方へと消えていった。 「隠岐はアパート見つかったら、すぐに寮を出るのか?」  唐揚げをツマミながら問いかける。隠岐はもともと、アパート暮らしだったが、上の階に住む住人が盛大に水漏れを起こし、修理も検討されたが結局は取り壊しになったらしい。あわてて総務に泣きついて、一時的に寮に入った形だ。 「まあ。夕暮れ寮は綺麗だし良いけどさ。防音が信用できないし。オレ、声がでかいからさ」 「自覚はあったんだな」  ボソッと榎井が呟く。  まあ、確かに声は通る方だ。とは言え、一人で部屋にいる分には、大声を出すこともなさそうだが。 「まあ、今は隣が榎井だし。コイツなら気にしなくても」 「あはは、確かに」 「何が確かにだ」  榎井は夜中まで起きているから、別に気にならないだろうというヤツである。なんなら、俺のほうが声がデカいかも知れない。性的な意味で。 「しかし、お前本当に俺らと同じ歳かよ。二三サバ読んでるだろ」 「童顔って良く言われる」  隠岐はにまっと笑った。どうみても若い。なんなら、アイドルみたいな顔してる。まったく、気に入らん。 「そのモチモチ肌、どうしてんだよ。なにもしてないとか言うなよ?」  上遠野みたいに何もしてませんとか言ったら、キレそう。柔らかくてモチモチ。 「あー、コレ? オレも一時期ニキビに悩んでさー。これ使ってんの。ドクターズコスメでー」 「あ、これ知ってる。良い?」 「良いよ。オンラインで肌質に合わせた化粧品診断してくれて、通販で気軽に買えるし」  さすがに化粧品売場に男子は恥ずかしいから、と隠岐が笑う。思わず、隠岐の手を握った。 「ようやく出会えたコスメ男子!」 「あはは。渡瀬こそ、それコンシーラー? オレも使ってみようかな」 「そうそう。俺のはKコスメのやつなんだけど。プチプラだけどノリが良くてめっちゃお勧め」  俺たち二人の会話に、星嶋が呆れた顔をする。 「お前らそんなん興味あるのか」 「今時はスキンケアも大事なんですぅ」 「そんなこと言ってられるの今だけだぞ。星嶋。将来、シミとか出来てから気にしても遅いからな」 「うっ……」  二人から言われ、星嶋は押し黙った。若いから大丈夫は、アラサーまでだ。これからはどんどん劣化するんだから。 「あとで情報送っておくよ」 「ありがとー」  隠岐とは案外、上手くやれそうだ。 (そう言えば、良輔のやつ遅いな?)  あれから十分以上経っているが、まだ戻ってこない。何かあったのだろうか。 「……俺、ちょっとトイレ」  そう言って立ち上がる。トイレついでに、良輔の様子を見に行こう。  通路を少し進むと、トイレのドアの近くに良輔が立っていた。難しそうな顔で電話の相手と話している。 「――だから、色々あるんだよ。こっちも」 (まだ電話中か……)  良輔は俺に気づいていないようで、溜め息を吐いて髪をかきあげる。珍しく、イライラしているようだった。 「予定は予定だろ。こっちにも都合が――」 (あ)  目があってしまい、反射的に苦笑いする。良輔はバツが悪い顔で、声のトーンを落とした。 「……っ、とにかく、そう言うことだから。じゃあ」  一方的に電話を切った良輔に、「邪魔した?」と問いかける。 「いや、大丈夫」 「そう?」 「ああ。もしかして、呼びに来た?」 「まあ、そう言うわけではないんだけど。遅いから様子見に。あとトイレ」 「ああ。ゴメン。せっかく歓迎会なのに」 「それは隠岐に言えよ」 「ああ。じゃあ、先に戻るな」 「うん――」  誰と、話していたのだろうか。少し気になったが、聞くのは憚られた。  良輔が、言わなかったから。 (誰、だったんだろうか)  あんな風に良輔が言う相手は、親しい相手でしかない。予定がどうとか言っていたのも気になる。  モヤモヤした感情の中に、ざらりとした感情が混ざるのを自覚して、俺は首を振った。

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