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第1話

愛は死よりも強く、死の恐怖よりも強い。               ツルゲーネフ ***  人を愛することは、それすなわち生きることであると偉そうに語った友人は、今一体何を思うのだろうか。俺にはあいつが言うようなことを、到底そうですか、何ては思えない。人を愛することは、他人を信じることだ。他人を信じるということは、自らの弱いところを預けるということだ。嘘と虚偽に満ち溢れたこの世界で、自分のことさえも信じられない俺に他人のこと何て信じられるはずがない。だから俺は、今まで誰のことも愛してこなかったし、これからもこの孤独に耐えていくのだろうと思う。  ローマに、珍しく雪が降ったその日。俺は恋人に浮気をされた。キスをして4か月。体を重ねたのも同じ日。浮気だ、なんて強く言えなかったのはお互いそういうことを言ったことがなかったからだ。つまり、お前のことを愛しているとか、好きだとか。恋愛感情に伴う発言を一度もせぬまま体を重ねていた。それでも俺は、自分の知らないところでそいつを信じていたのかもしれない。今までの恋人とは違い真面目そうで、馬鹿丁寧なセックスをして、ピロートークも欠かさない。まるで小説から出てきたような人柄に、俺は勝手に信頼して、その結果勝手に絶望した。  なんで、とか。どうして、とか。どこか冷め切った思考で絞り出したごく当たり前な質問に「お前は何も悪くない」だなんて、それこそテンプレートのような返事をしたあいつは、実は根っからのサディストだったらしく俺との純朴で面白みのないセックスに飽きていたらしい。バカな俺はその作り物めいた行為に少なからず満足していたし、充足感を覚えていたのだ。ああ、なんて恥ずかしい。  それじゃあ、と言い残してドアを開けると外は一面の雪景色で、昼間からぱらぱら落ちていた雨はいつの間にか雪に変わっていたらしい。歩いて二十分かかる自宅までのわずかな距離が、この時ばかりはサンティアゴの巡礼のように感じた。行ったことないけれど。  傘もささず降り続く雪を眺めながら歩く。硬い石畳が少しずつ白くなっていくのを抜け殻のような気持ちで眺めていた。別に、そこまで好きじゃあなかったし。体の相性だって最高と言うわけじゃあなかったし。確かに最近ちょっと冷たくしてしまったけれど、一段落ついたらまた今まで通りにするつもりだったし。ああ、でもあいつはサディストだから今まで通りだと意味がないのか。まあとっくに別れちまったから今更こんなこと考えるのも無駄なんだけど。  普段ならもう少し活気のある通りだったが、この天候のせいで俺以外歩いている人は一人もいなかった。そういえばあいつの家に部屋着置きっぱなしだ。取りに行くのも面倒だし、もしかしたらとっくに処分されているのかもしれない。くそ、結構気に入っていたのに。なんで振られた挙句部屋着も無くさないといけないんだ。本当、ついてない。 「さっさと寝よう……」   白い結晶に吸い込まれていく俺の声が、誰もいない路地に積もっていく。いつかこれらが溶ける日は来るのだろうか。さすがに一日や二日では無理か。そういえば明日は近くのクラブでイベントがあったはずだ。久しぶりに顔を出すのも悪くないかもしれない。結局はそういうところに行かないと俺たちに出会いはないのだ。うん、そうしよう。早いところあんなやつ忘れて、早く次の相手を見つけよう。そうしたらこの言えもしない重ったるくて複雑な感情が、消えてくれるかもしれない。  そんなことを考えながらかすかに積もった雪を蹴り飛ばす勢いで歩いていると、視界の先に黒い何かが映った。くるんと長い尻尾が影を落とす。消え掛かった街灯に照らされていたのは、一匹の猫だった。 「なんだ、野良か」  ミャア。小さく猫が鳴く。 「お前、こんなとこにいたら明日には凍え死んでるぞ」  ミャオ。猫が答える。 「せめてどこか寝床見つけろよ。俺だって近所でお前が死んでるのなんて気持ちが良くないし」  ニアアア。少し不細工な声で猫が反論した。 「行くとこないのか」  返事の代わりに、一度前足で顔を撫でる。  それから少しだけ考える。なんともないふりをしているが、俺も結構傷ついていたようだ。少なくとも、その見窄らしくボサボサの毛並みをした猫を抱き上げ、マフラーで包んでやるくらいには。 「今日だけだぞ」  ニャン。猫が嬉しそうに、一度笑った。       その猫は真っ黒な色をして、野良のくせに毛並みは綺麗だった。てっきり飼い猫が逃げ出したのかと思ったが首輪はしていない。マフラーに包まれて満足そうに端っこを齧っている体は思ったより小さく、軽かった。そういえばミルクはあっただろうか。温めれば飲んでくれるだろうか。というか猫って何を食べるんだろう。何が必要なんだろう。いやでもすぐに家から出すし別にいいか。  のんきに大あくびをしている猫に視線をやると、ふんふん鼻を動かして俺の胸元を嗅いでくる。何がそんなに楽しいのだろう、長い尻尾がゆらゆら揺れていた。 「お前、名前なんだ」 「にゃん」 「それじゃあわかんねーよ」 「にゃーん」  そんなバカみたいな会話をしていたら自分の家に着いた。門を開けて暗くて冷え切った階段を上る。木製の階段は不吉な音を立てて軋んだ。日当たりは悪くないが少し湿っぽい部屋の電気をつける。そこまで散らかってはいないが綺麗でもない部屋は、白っぽい照明に照らされてどこか寂しげだ。  とりあえずソファに置いてあるクッションに猫を乗せて一回なでてやる。ふわふわの手触りに満足したのかくるりと丸くなって前足を舐めていた。全く、のんきなものだ。その姿を眺めながらミルクパンに飲みかけのミルクを入れる。弱火で少し温めている間に大きな皿を取り出し一応綺麗に洗っておいた。そこに沸騰する直前のミルクを入れて少し冷ましてやる。ふわりと甘い香りがした。 「ほら、これ飲んで寝ろ。あんまりうるさくするなよ」 「にゃあああああん」 「うるさい!」  痛くないのだろうか、と思うくらい尻尾を床に叩きつけながらミルクをすごい勢いで飲んでいく。絶対熱いだろうと思うが何も言わず耳の裏を撫でてやった。真っ黒な毛に白いミルクがついている。それが何やら性的に見えて、そんなことを思ってしまう自分に嫌気がさした。終わったと思っていたくせにまだ引きずっているのか、俺は。案外好きだったのかなぁ、なんて無駄なことばかり考えてしまう。 「ニャァ」 「はいはい、もうこれ以上は何もねぇよ」 「にゃー」 「寝るか」 「にゃん」  寝室はリビングと同じくらい冷えていて、着古した部屋着に着替えてベッドに潜り込む。体が冷えてたまらず足をこすり合わせるがまだ寒い。寒さは心を弱らせる。こうして一人でいるとますます自分がダメになっていく気がした。暗い部屋に一人っきりなんて。昔はこれが普通だったのに。 「にゃーお」 「なんだよ、あれじゃあ不満か?」  真っ暗な部屋に猫の目だけが光っている。綺麗な緑色の目だった。瞳孔が細くなってこいつも野生なんだな、と思った。一人で寝るよりはマシかと思いベッドに入れてやる。首のあたりを何度か嗅いで俺の腕のところで丸くなった。  少し獣っぽい匂いがする。でもそれがどこか懐かしくてふわりとあくびをした。ざらりとした感触が?に当たった。舐められているのだ。人間とは違うその感覚に少しくすぐったさを感じただ「自分以外の何かがいる」というのは存外心地よかった。 「大丈夫、泣いてねぇよ」  涙が流れるところばかりを舐めてくる。そこに涙はなかったけれど、ずっと堪えていた感情は溢れ出した。なんで俺が捨てられなくっちゃあいけないんだ。最初からそういえばよかったのに。それで嫌いになんてならなかった。なのに、表面的には仲良い感じにして、大事なことは何も言わない。その場限りの関係から始まったけどちゃんと続くものにしたかったのだ。なのに。俺に大事なことは何も言わない。楽しいこと、綺麗なこと、心地いいこと。そういうものしか与えてくれなかったし、それ以外は愛ではないとさえ思っていた。なのに捨てられた。何も話し合うこともぶつかりあうこともなく捨てられた。それで満足なんて、できるか。納得なんて、できるか。俺はもっと喧嘩をしたかったのだ。思っていることを言いたかった。聞きたかった。なのにそれもなくあっけなく終わっていく。そんなの、おかしいじゃあないか。 「なーお」 「大丈夫……俺は大丈夫だから」  狭い眉間にキスをして、俺は目を閉じた。足はもうすっかり温まっていた。 ***  次の日、目をさますと目の前に闇があった。何事かと思い起き上がると何かを踏んづけてしまい、次に大きな悲鳴が聞こえた。どうやら俺が踏みつけたのは猫の尻尾だったらしい。それで機嫌を損ねたのかずっとベッドの端で丸まっていたが、温めたミルクをおいてやると昨夜と同じようにすごい勢いで飲んでいく。やはり食欲には勝てないようだ。  窓の外を見るともう雪は止んでいた。しかし道にはさらりと積もって光を反射している。底冷えがひどくて椅子に置いていたカーディガンを羽織る。自分の分の食事も準備しよう。今日はさすがに学校には行けないだろうから家でできることをして、それから夜にクラブに行こう。この天気だから人は少ないだろうが、それでも訪れる物好きの方が一緒にいて楽しいかもしれない。 「にゃーん」 「もう食い終わったのか」  からっぽになった皿を前足でガタガタならす猫を撫でていると、左足の付け根だけ白くなっていることに気づいた。そこだけ毛の色が違うようだ。少しだけ歪な形をしていて、よく見ると星の形に見えなくもない。そこを指先でひっかくとくすぐったそうに俺の手を肉球で殴ってくる。少しだけ爪が出ていて痛かった。       コーヒーメイカーをセットしてタバコに火をつける。そういえば猫ってタバコの煙どうなんだろう。いつもは気にしていなかったけれど、今日くらいは換気扇を回してその下に移動する。一晩寝て少しはマシになったかと思っていたけれど、存外傷は深かったらしく気持ちはまだ重い。硬くなっているパンにバターを塗ってオーブンで温める。少しだけ残っていたスープを火にかけて何か他にないかと冷蔵庫を漁っていると、猫が興味深そうに近寄ってきた。慌ててタバコの火を消してまだ白く漂っている煙を手で扇ぎ反対側にやる。全く、やっぱり猫は面倒臭い。  温まったパンの上にトマトソースをかけ、瓶に入れていた乾燥バジルをかける。出来上がったコーヒーをカップに入れて少し温めすぎたスープも一緒にテーブルに置いて少し遅めの朝食にした。  あれから何か連絡があっただろうかと置きっ放しにしていた携帯を見るが届いてたのは学校からの休講情報とバイト先からのメールだけだった。欲しい人からは何も言葉がなくて、あいつの中では俺はもう終わったのだと実感した。それがまた苦しくて目の奥がじんわりと熱くなる。誰かがいるわけでもないのにそれをごまかしたくて、まだ湯気が立ち上っているコーヒーで隠した。  この天気だから散歩に行く気にもならず、適当に食器を洗ってもう一杯コーヒーを淹れる。読みかけだった本を開いてソファに座り、一度大きくため息をついた。 「にゃん」 「なんだよ、まだ腹減ってんのか?」  ソファの近くをウロウロしていた猫がひらりと俺の膝の上に乗ってくる。軽やかな身なりのくせにずしりと体重がかかる。 「そういえばお前、名前ないんだったか」 「なー」 「いつまでも“お前”って呼ぶのもなぁ……」  名前をつけると愛着がわくだろうし、野良に戻すときに胸が痛むかもしれない。たかだか一晩世話をしただけなのにどこかずっと前から一緒にいるような気がする。どうしようかなぁ、と耳の裏を掻いてやる。ソファに寝転がって腹の上に乗せてやる。同じようにぐいーっと伸びをする姿を見ると自然と口元が緩む。 「こういうの苦手だしなぁ、変に凝った名前つけるのも覚えにくいし」 「にゃん?」 「じゃあお前は今日から“ガット”な」  ガット、イタリア語で「猫」という意味だ。猫に「猫」なんて名前をつけるなんて我ながら何のひねりもないが別にこれから飼うわけでもない。まあそれでいいか、何て思いながらガットを落とさないように気をつけながら本を再び開いた。  それからコーヒーを2杯飲んで、タバコを4本吸い、半分以上残っていた小説を無事に読み終えた。結末はハッピーエンドとは言い難い、でも悪くない内容だった。こう言う後味の悪い話は割と好きだ。でもあいつは分かりやすい話が好きだったな。意味もなくセックスをしたり、理不尽に幸せな結末を迎える話が好きだった。俺は人生に意味がないことなんてないと思っている。セックスをするのも人に恋をするのも理由はなくても意味はあるし、利益はなくても意味はある。それに人生は理不尽だけど幸せではない。それは昨日の夜に実感したばかりだ。  時計を見るともうすぐ夕方だった。どうやら長い時間集中していたらしい。いつの間にか俺の腹で昼寝をしているガットをクッションに置いてシャワーを浴びに浴室に向かった。熱いお湯を頭からかぶり念入りに体を洗う。ついでに歯も磨いて洗っていないところはもうない、というくらい磨き上げた。別に何かを期待しているわけではないがこれも一種の礼儀だと思っている。うっすらと生えた髭も剃ってまだ桃色をした体に香水をふりかけた。  髪を乾かし無造作な感じにセットする。何を着るかクローゼットの前で悩み、結局普段とあまり変わらないものを選んだ。ざっくりとしたニットに黒いパンツ、寒いだろうから焦げ茶色のブーツを合わせる。コートとマフラーを着てポケットに財布と携帯を入れる。そういえばタバコがなくなりそうだから途中で買っていこう。 「じゃあちょっと出かけてくるから。いい子で待ってろよ」 「にゃーん」  一度頭を撫でて毛布とクッションの上においてやる。なんだか寂しそうな顔をしたから抱き上げて額にキスをしてやると、嬉しそうに小さく鳴いた。  帰りにまだ店が開いていたらキャットフードを買ってやろう。ドアに鍵をかけて階段を降りる。外は昨日よりも暖かく、雪も半分以上溶けていた。これなら明日には全てなくなっているだろう。マフラーに鼻先を埋めて人の少ない路地を歩き出した。 「さみーな」  残り一本になったタバコに火をつけてゆっくりと歩く。自分の吐く息がいつもより白かった。 ***  狭い会場にアップテンポな音楽が流れる。たくさんの男性が酒を片手に何やら談笑している。俺もジントニックをちびちび飲みながらタバコをふかしていた。隣では先ほどから金髪の男性が執拗に口説かれている。相手のことはどうやらタイプではないらしくさりげなく距離を置こうとしているがまだ逃げ切れないようだ。  ここ数ヶ月訪れていなかったので、俺の姿を見て「久しぶりだな」とか「ついに別れたか」なんて声をかけてくる友人がいたが、今日はそんな気分ではなく一人で飲むことにしたのだ。流れている曲がクイーンの「キラー・クイーン」に変わった。モエ・エ・シャンドンなんて頼めないけれどシュワリとした口当たりだけ同じジントニックを楽しんでおく。火薬やダイナマイトで吹き飛ばされそうな恋なんて、そういえばもうずっとしていなかった。今更そんなものに憧れるなんて俺も随分とのんきなものだ。 「チャオ、隣空いてる?」 「どうぞ、見ての通り隣には誰もいない」  声がする方を見ると、やけに背の高い男だった。前髪がピョンと跳ねている。目はきれいな緑色だ。がっしりとした体格で綺麗に筋肉が付いていた。 「俺ここ初めてなんだけど、いっつもこんな感じ?」 「こんな、とは?」 「大人な感じ」 「これが大人、か。お前お子様なんだな」  確かに他のクラブと違って最近はやりのミックスを流しているわけでもない。その場で体を重ねたり、一夜限りの関係を重視しているわけでもない。どちらかというと普通のバーで、お酒と会話を楽しむための場所なのだろう。でも別にこれが大人、なんて俺は思わない。大人はこんなところで相手を漁ったりしないし、そんなことしなくてもちゃんと自分で相手を見つけられる。結婚して子供を育てることが大人というのなら、俺たちはいつまで経っても子供なのだろう。 「何か飲む?」 「じゃあ同じものを」 「はいよ。すいません、ウイスキーロック、2つね」  硬貨をカウンターに置いて、琥珀色のグラスを渡された。いい香りがする。 「オニーサン、モテるでしょ」 「藪から棒に何だよ。お前はモテないだろうな」 「案外モテるのよぉ? ただ好きな人から好きになってもらえないだけ」 「それは悲しいな」  曲が変わる。誰だったか、少し前に流行った女性歌手だ。少し鼻で歌っていると隣に座った男が楽しそうに笑った。不思議な男だ。今日初めて会ったというのにそんな気がしない。まるでガットのようだ。そういえば髪の色や瞳の色が似ている。これで左肩に星型の痣があれば完全にガットだな。 「今日は何しに来たんだよ……えっと」 「俺はジュセッペ。オニーサン、名前は?」 「ルーカだ。よろしく、ジュセッペ」  かつんとお互いのグラスを重ねる。溶けかけた氷がからりと動いた。それからジュセッペといろんなことを話した。イギリスで生まれて、親の仕事の関係でイタリアに来たこと。そのままここが気に入って大学もこちらに進んだこと。親はイギリスに帰ったから今は一人暮らしなこと。俺よりも2歳年下なこと。話していてとても楽しかった。俺のことを上手に聞き出してきて、結局俺も自分の出身や学歴、何を勉強しているのか全部話してしまった。  グラスの中身もなくなり、次第に店内は独特の色気が増してきた。時間もそろそろいい頃合いだ。ここから少しずつ人が減っていく。みんな自分の家に帰っていくのだ。一人ではなく、二人で。相手が見つからなければここでまだ飲み、気の合う友人がいれば今日の客を品定めしたりする。今日は俺も居残り組かな、なんて思っていると後ろから声をかけられた。 「久しぶり、ルーカ」 「ああ……えっと」 「もう忘れたのか? ロベルトだよ」 「覚えているさ。君のファミリーネームを思い出していたんだ」  ちょうどジュセッペがお手洗いに行くと言って立ち上がった瞬間だったため、どうやらずっと俺が一人になるタイミングを狙っていたようだ。  少し前に一度だけ関係を持ったことがあったが、結局その時はそれ以上発展することはなかった。だから会うのは本当に久しぶりだったが、深い艶のある栗毛に透き通るような青い目はよく覚えている。 「元気にしてたか?」 「まあそこそこ。そっちは?」 「あいにくと独り身だ。お前もだろう? さっきの坊ちゃんが新しいアモーレって感じじゃあなさそうだし」 「まあな」  ロベルトの腕が肩に回る。?が触れ合う距離で小さく笑われた。こんなの挨拶だなんて言えないし、どう見ても普通の友達には見えない距離だ。そうだった、こいつ案外嫉妬深かったんだ。 「今夜は冷えるな」 「ああ」 「俺も寒いんだよ、一人だと」  そうだ、そしてこうやって誘うんだ。下手くそな嘘と分かりやすい言葉で誘ってくる。でも俺はそういうやつが嫌いじゃあない。 「……今晩だけだぞ」  そう言ってタバコの煙を顔に吹きかけてやる。それが合図で俺たちは立ち上がり、近くにあった紙にジュセッペへのメッセージを書いて店を出た。外は相変わらずと寒い。隣に誰かいるのは久しぶりなのに、なぜだかいつまでも体の内側は凍えきっていた。大して話すこともないからほとんど無言で歩いて、どこまでも静まり返った気持ちのまま雪道を歩いていた。  家の近くまで来て、そういえば忘れないようにとタバッキで売れ残っていたキャットフードを買う。もう店じまいをするところだったので店主からは嫌な顔をされたがそれを無視して家に向かう。早く帰ろう。こんな寒いところ、いつまでもいたら心が荒んでしまう。いや、もう荒んでいるのか。だからこんな風にロベルトの香水が、どこか悲しく香るのか。 「なんだ、猫飼ってるのか」 「飼ってはいない。住み着いてるだけだ」 「へぇ、ネコのお前が猫を飼うねぇ」 「面白くないからそのネタやめろ」  それから家まではずっと無言だった。その代わり歩く速さは行きよりも早い。ドアの鍵を開けて電気をつける。それに気づいたのかガットが走り寄ってきた。 「ただいま、いい子にしてたか?」  抱き上げて額にキスをする。ゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄ってきたが、ロベルトの姿を見た瞬間尻尾をピンと立ててじっと見ていた。  人見知りということはないだろう。ただたんに初めて見る人間に驚いたのかもしれない。 「俺は猫が見ている中でやるなんて嫌だぞ」 「わかってるよ」  ガットをソファに乗せてやる。その間にロベルトを寝室に行かせて、寒くないように毛布をガットにかけてやった。それでもどこか不満そうにしていたから買ってきたキャットフードをソファの反対側に置いてやる。それに反応して俺から離れた瞬間に寝室に向かうドアを開けて、嬉しそうに尻尾を振るガットを眺めながらパタリとドアを閉めた。  ベッドに座っていたロベルトに腰を抱き寄せられ、そっと唇を重ねられる。冷たいキスはひんやりしていて、体はまだ温まりそうにない。それでも昨日からぽっかりと空いていた何かを埋めたくて、ベッドにロベルトと一緒に倒れこんだ。  そういえばジュセッペはあの後どうしたのだろうか。そんなことを考えたのは全てが終わり眠りにつく直前で、結局体は冷え切ったままだった。          

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