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第26話 先輩とお泊り 後編

「まだシチューはたくさん余ってるから、晩御飯の心配もないな」 「そうですね、よかったです」  昼食を終え、感想を言い合う。  元々吹雪に閉じ込められている間は、似たり寄ったりのものしか食べられないのだからシチューが続くことには何の問題もない。 「僕が片付けをするので、先輩はどうぞ休んでてください」 「いいのか? 悪いな」  マコトは空になった皿を下げ、流しで洗う。  冬は特に水が冷たい。給湯器があればよかったのに、と思う。    夜は暖炉の火を消す前に断水しておかないと、水道が凍ってしまう。冬は給水の栓をしっかり閉めておくことが寝る前の日課だ。 「ふう、終わりました」  ソファに座ってくつろいでいた彼の隣に向かう。 「ありがとう。手が冷えたろ」  隣に座ったマコトの両手を、フェリックスが引き寄せる。  急に触れられて、マコトは顔が熱くなるのを感じた。 「やっぱり、冷たくなってる」 「は、はい」  冷えて赤くなった指先を、彼の手が包み込む。 「オレがこうして握って温めてやるよ」 「あ、ありがとうございます……っ」  ぎゅっと手を握られて向き合っているこの状況が、なんだか気恥ずかしい。  手を握られることくらい慣れたと思っていたのに。こんな調子で次の段階に進めるのだろうか。 「マコトの手は小さいな」  マコトの手の甲を撫でながら、彼が呟いた。  ゆっくりと撫でられる感触に、なんだか変な心地を覚えた。  妙にムズムズとする。 「けど、指は長いな」  翠緑の視線が、マコトの手にじっと落ちている。  彼の指が絡みつき、指と指の間に指が差し込まれた。  いわゆる恋人繋ぎというやつだ。  いままで手を繋いだときはどちらかが手袋をしていたから、普通に手を繋いでいた。恋人繋ぎをするのはこれで初めてだった。 「そ、そうですかね……?」  互い違いに指が絡み合っている。  それだけなのに、彼の手の体温を指の間で感じることが、手の動きが直接伝わってくることが、妙にマコトをドギマギさせた。 (どうしよう、なんだかエッチなことをしているみたいな気分……)  指を絡め合っているだけなのに、性的な交わりをしているかのような気がした。  マコトはちらりと、彼の顔に視線をやった。  あくまでも穏やかな顔つきをしているように見える。一心にマコトの手を見つめている。 (やっぱり、意識してくれていないのかな)  少しでも彼の表情に照れとか、何かが見えればいいのに。  自分にもっと色気があればいいのだろうか。色気なんて、どうやって身につければよいのだろう。  それでも、次に進むならばいまこのタイミングではないかと思った。 「せ、先輩」  声が緊張に上擦った。 「うん?」  彼が顔を上げ、翠緑の瞳と目が合った。 「えっと……」    目と目が合うと、何を言うつもりだったのか頭が真っ白になる。 「し……」 「し? どうしたんだ、ゆっくり言ってみな」  彼は優しく穏やかに続きを促してくれる。   「し、したいです。先輩と」  遂に言ってしまった。  耳まで顔が熱くなる。  なんてはしたないことを言うのだと引かれないだろうか。思わず俯きそうになる。 「ん。しよっか」  そんなマコトに対し、彼はあっさりと了承した。 「へ!?」  手を握ったまま、彼の顔が近づいてきて……マコトは唇を奪われた。  唇と唇が重なり合い、柔らかい感触を覚える。  する前にまずキスをするのか、と思いながら目を閉じて受け入れる。  大人のキスをすることになっても、今度は覚悟ができている。だって、その先までしたいとねだったのだから。  ふにふにと愛でるように数回唇を食まれ――――唇はそのまま離れていった。 「ふぇ?」  戸惑いながら、目を開ける。  彼の瞳と目が合った。 「ふふ、マコトが積極的で嬉しいぜ」 「ひゃわっ」  今度は腕を伸ばされ、ぎゅっと抱きすくめられた。  ハグされて彼の体温を直に感じて幸せだけれど、なんだかどうにもそういう雰囲気ではない気がする。  マコトは意図が伝わっていないことを察した。 (あれー、どうして?)  こうしてハグしてくれているし、彼が恋人らしい触れ合いを好んでいるのは確かだけれど……もしかしたらセックスしたいとまでは思っていないかもしれない。  そう思うと、「えっちしたい」と改めて口に出してねだる勇気がどうにも湧かなかった。もし「えっちしたい」と言って「それはちょっと……」なんてリアクションが返ってきたら、数日寝込む自信がある。 (まあ……ハグも嬉しいからいっか)  彼の身体に手を回し、マコトも抱き締め返す。  しばしソファの上でイチャイチャと、抱き締め合った。二度、三度と軽い口づけも交わし合った。  これはこれで幸福な時間だった。  吹雪は止まなかった。  夕飯も温め直したシチューを美味しくいただき、二人は満腹になった。  お風呂にも入り、寝間着に着替えてさて就寝しようかという段になった。 「じゃあ、オレはソファで寝るから」  フェリックスは早々に言い放った。  バスルーム以外一室しかないマコトの部屋を見れば、ベッドが一つしかないのは明白だ。  マコトは、これが最後のチャンスだと思った。 「一緒に、寝たいです」    彼の服の裾を掴み、訴えた。上目遣いに見上げる。  翠緑の瞳がぎょっと見開かれたのが、ありありと見えた。不安でぎゅっと心臓が潰れそうだ。 「一緒にって……ベッドに?」 「はい」  頷くと、彼は動揺したかのように目を泳がせる。 「ん、それはその、えと……」 「別々は、寂しいです……」  服の裾を握る手に力を込めた。  思いが強すぎて、彼を見つめる瞳が潤んだ。 「そ、そっか、寂しいなら仕方ないな。一緒に寝ようか」 「はい!」  返事をもらえた途端、胸が幸福でいっぱいになって弾けるかと思った。  マコトが先にベッドに入り、彼が後から入ってくる。  狭いベッドの中は、それだけでいっぱいになった。 「一緒だと暖かいな」 「はい、そうですね……うわっ」  身体をくっつける勇気が湧かなくて思わず端に寄ると、ベッドから落ちそうになる。 「おっと危ないぞ、マコト」  腕が伸びてきて、マコトの身体をぎゅっと抱き締めた。 「ほら、これで落ちない」 「ひゃ、ひゃい……っ」  覚悟を決めて誘ったはずなのに。  ベッドの中で抱擁されただけで、身体が緊張してガチガチに硬くなってしまった。  先ほどもハグしあったが、ソファの上とベッドの中とでは大違いだ。 「マコトの身体、ほかほかだな」 「ええと、お風呂上りなので」 「ほんとだ、いい匂いがする」  彼はマコトの頭に鼻を寄せる。  彼の一挙手一投足にドギマギしてしまう。  いまにも彼の手がマコトの身体を撫で出すのではないか。  それを期待しているのだが、いざとなるとビクリと震えてしまいそうだ。 「よく眠れそうだ」 「そうですね」  彼の腕の中がポカポカと暖かい。  暖炉の火を落としたあとの部屋は寒くて、縮こまって寝ていた夜とは大違いだ。  緊張していたはずなのに、いい雰囲気になるまで起きていなきゃと思っていたはずなのに、心地いい暖かさにいつしか睡魔が忍び寄っていた……。 「おはよう、マコト!」  気がついたら、朝が来ていた。 「朝飯を作ってみたんだけど、食べるか?」 「え、あ、ありがとうございます!」  飛び起きながら、マコトは一晩の間何もなかったことを認識した。  自分に魅力がないからだろうか。やはり彼は自分に性的な意味で興味はないのかもしれない。  いや、自分が寝てしまったから遠慮しただけだろうか。  なんて悶々とする、初めてのお泊りだった。

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