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大きな爪痕

 ──ガチャ……… 「月詠っ!」  静かにドアが開き、俯き加減の月詠が戻ってきた。  その後ろに、一年 閑はいない。 「……」 「月詠……?」 「すみません、お騒がせ……しました」  ゆっくり動く口だけがよく見えて、今すぐその長い髪の毛をよけて、表情を知りたかった。声が震えている。 「伊吹」 「何……」  近寄った桜和が月詠に手を伸ばし、目にも止まらぬ早さで月詠の前髪をかき上げた。月詠が猫背でなければ、桜和でも届かなかっただろう。 「ちょっ……何すんだよ!」 「もしかして、お前が閑さんの獲物?」  獲物?  そんな、食料みたいな。でも、桜和は至極真面目な顔でそう言った。 「お前のその、いつも寝不足みたいにしてるのって──」 「……うるさいよ。何で知ってるの」 「──そりゃあ、俺と弟くんの仲だからねぇ」  ガチャッと、勢い良く扉が開き、蛍光灯の光を反射して眩しいオレンジ色が入ってきた。 「俺とアンタに仲も何もないって言ってるでしょう」 「酷いなァ。昔は可愛かったのに」 「いつの話ですか、俺はもう13歳やそこらじゃないんですよ」  どうやら知り合いらしい、桜和と閑さん。共通点は──和音さん? 「んー……まあいいや。伊吹に言いたいこと言えたし、久しぶりに桜和くん会えたし」 「……」  ニコニコ笑って、ご機嫌らしい閑さんは生徒会室のドアに再び手をかけた。 「生徒会長によろしくねェ、ばいばーい」  その〝生徒会長〟が俺の事でないのは、明白だった。

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