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第1話
単なる間違いだと思いたい。
「はぁ……」
だけど間違いではないことも分かっている。
「いや、間違いだと言って欲しい。俺があんな素敵な人に告白されるなんて……」
でもひとつだけ問題がある。
だってあの人って男じゃん……!
俺・立川律太(たちかわ りった)は無事高校を卒業し、ただいま就職活動中と言うバイト生活を送っている。
つまり大学組ではなくて就職組だったけど、その就職先がなくてフリーター生活送ってますよーって感じの根無し草的な存在。
対してあの人は俺より年上で、加えて言えばバイト先の店長だったりする。
名前は名瀬亜一郎(なせ あいちろう)・二十四歳。
俺より五つ年上なだけなのに立派なオーナー店長だ。
でもそれが出来るのも何となく分かってしまうって言うか……。あの人には、「それだけのものを持ってるでしょっ」て才能溢れる感が見え見えなんだ。
そんな人が何故俺に愛の告白をするのか。
それが分からなくて戸惑う。
そして揺れる。
「いや。いやいやいや。俺があの人を好きなのは、あの人とは違う「好き」だから」
だからどうしていいのか分からない。どう答えればいいのかが分からなくて返事が出来ないでいる……。
〇
「律太君」
「ぁ、はい」
「そろそろお客さんいらっしゃいますよ。笑顔笑顔」
「ぁ、すみませんっ」
隣に彼がいるのを忘れて、ついついボーっとしてしまった。今は仕事に没頭せねば!
俺の仕事は飲食店のバイト店員。店長がいない時には厨房に入ってものを作ったりする。
努力の結果だ。
だって俺、ここに入るまでキッチンで料理を作るなんてしたことがなかったからだ。
とりあえず親から独立するという形で、住居まかない付きのこのバイトに応募した。
本当は女性が良かったらしいんだけど、俺の意気込みに相手が折れたって言うほうが正しいのかもしれない。
一階は喫茶店で、二階には店長の家とアパートとして作られたワンルームの部屋が三つある。その内の一室がバイトである俺に割り当てられた部屋だ。
借金多いのかな……とか思ってしまうけど、返済は順調なはず。だって店はいつもお客でいっぱいだからだ。
店の売りは、やっぱりこの店長の容姿だと思う。綺麗なんだよ、とにかく。
俺より頭半分背が高くて品がいい。サラサラの長い黒髪を調理するからか左右三つ編みにしたりして……。それに上着を脱いだ黒服って感じの姿に黒の腰エプロン。俺は今までそんな人見たことなかったから斬新でカッコ良かった。
「いらっしゃいませ。ご注文は」
「スペシャルセットを、紅茶で」
「かしこまりました」
カウンターに座った女性客に笑顔で答える店長。
その姿をマジマジと見つめていたかったけど、そんなことじゃ仕事にならない。俺はテーブルについた客に水とおしぼりの用意をすると注文を聞きに離れた。
だいたいの客はスペシャルを注文する。
スペシャルって言うのは、店長の作ったケーキ、しかも選択肢なしの一種類。何が出くるかは当日にならないと分からない。飲み物は紅茶かコーヒー、後は瓶に入った名の知れた硬水。それを注文するんだ。
今日のケーキは紅茶のシフォンケーキ。おススメは紅茶だよね。
ケーキは一種しかないからこっちとしては楽でいい。そして大抵のお客はカウンターの中にいる店長を見つめているから、俺は視界の中にも入ってないのが現状。たまに男だって認識されるくらい。あー、だから女の人のほうが良かったのかな……と思うけど、男の俺は認識されなくても視界に入ってなくても別に全然気にしないから、却って重宝されているのかもしれない。
俺は飲み物をテーブルに持っていくと番号の書かれた札を渡す。
店長がその番号を口にすると嬉しそうにそれを取りに行くと言うシステム。
本当はメニューにはもっと色々とあるんだけれど、この一種のケーキを焼くのに時間がかかってしまうので、現状これが精一杯らしい。それは俺も端から見てて大変だって分かっているから文句は言わない。だから「ただのケーキ屋さん」だと言わないように。ちゃんと喫茶店だから。
こんな状態だから店は遅くても三時までには閉まる。
ケーキがなくなった時点で終了だから、客が多ければお昼くらい終わってしまう。
「店長。ケーキ終了です」
「ぇ、あ……っと、ごめんなさい。今日は今言った番号の方までです」
「えー--⁉」
そこここで悲鳴があがる。
でもここで今日食べられなかった人には、一か月有効な引換券が店長から手渡されるからちょっとは満足してもらえるようだ。
テイクアウトは増やすとまた面倒なのでしていないから、彼女らはまた一か月の間に足を運ばなければならないのだけど、その場合飲み物からまたいただけるので飲み物の分だけは得をする。それに引換券だと店長の「ごめんね」の一言がいたたけるので嬉しいらしい。
「ありがとうございましたっ」
昼過ぎだと言うのに店内の客をすべて出してしまい「close」のプレートをドアにかける。
「ふぅ……」
「お昼にしようか」
「はい」
これでやっと一息つけるのだけど、ここからは店長と俺のふたりきりになるからちょっとだけ緊張する。
「オムレツでいい?」
「ぁ、はいっ」
疲れてるんじゃないかな……と思うんだけど、そうでもない様子でバリバリ働く。それが店長だ。そしてまたその出される料理がさすが店長ってだけあって旨いんだ、これが。
「はい、どうぞ」
「いただきますっ」
ふたりしてカウンターに並ぶと食事を取る。これから一時間の休憩を取ると、今度は明日のケーキ作りに入る。そして夕方までそれをすると、やっと解放される。
「ご苦労様。もう上がっていいよ」
「ぁ、はい」
それでもすぐには上がらずに店長が終わるのをそれとなく待つ。
「付き合ってもらっちゃったね」
「いえ」
そして一緒に店の裏手にある階段から住居への道を辿る。店長はたくさん人を雇わないでなるべくひとりでやりたい人だから店も小さい。だから一階も半分以上は貸出していて、そこからも収入は入るから借金はあったとしてもどうにかなるんだろうな……と思う。
「じゃ、お疲れ様です」
「うん」
上がったところで俺は店長の隣になる部屋に帰ろうと足を向ける。店長の部屋は二階の半分を占めているので、単純に考えても俺の部屋の四倍はある。大家だから別にいいんだけど、その趣味の良さは折り紙付きだ。見たことあるから分かる。でも今日は自室に直行で玄関ドアの鍵を開けると中に入る。
「ふぅ……」
これでやっと仕事が終わったと思うとホッと出来る。
靴を脱いで冷蔵庫からペットボトルの水を飲みながらテレビのスイッチを入れる。今日はちょうど夕方のニュースが始まる時間だった。
「風呂入ろっと……」
小さいながらもちゃんと風呂は単独であってトイレとは別になっているのでありがたかった。ただワンルームなので、それなりの大きさではあったけれども。俺はそのちょっとそれなりの浴槽に浸かると一日の疲れを取る。
「まだ慣れてないよな、俺……」
それは店でのあの笑顔だ。
嫌味のないごく普通の笑顔を持続させるのが思うよりも大変だと働いてから知った。正直疲れる。でもそれは一日中と言うわけじゃないからまだ救われている。
「店長は偉いなぁ」なんて思っていたけど、別に店長は作り笑いしてるわけじゃないだろうからいいのか、とも思う。
この仕事を始めてもうすぐ一か月。
店長から告白されたのは三日前、今週に入ってからだ。
『これをどう取られるか……ちょっと迷うんだけど言っておきたいことがある』
『何ですか?』
『君を採用したのは、単に僕の好みだったから』
『ま、まあそういうのは採用基準の中に含まれていてもおかしくはない、ですよね?』
『うん』
『だったら別に……』
『うん』
『うん?』
『好みだから、君みたいなコ』
『え?』
『恋愛対象として』
『はっ?』
『一目惚れってこと』
『えっ、でも俺』
『いい。ただ伝えておきたかっただけだから』
『……』
だから返事はしてない。
相手だって口にしたい気持ちのほうが強かったんだと思う。だけど俺がそっちの立場だったら……やっぱり答えは欲しいとか思ってしまうから返事に困る。
店長のことは嫌いじゃない。
嫌いじゃないし、知れば知るほど好きになる。
だけどそれは尊敬とかの類であって恋愛対象としてじゃない。
「そもそも店長はどっちになりたいかも分からないしな」などとウツツを抜かしていると体がふやけてしまうので風呂から出ると、やっと腹が減っているのに気づく。
「どうしようかな……」
まだ働き出したばかりで手持ちの金が乏しい俺は、備え付けの家具や家電に助けられている。そして冷蔵庫の中身はショボショボだから夕食も今から半額シールをあてにしてスーパーに行こうかなと思ってるくらいだ。
でもその前に腹が鳴る。
あるのは水と調味料くらい。
料理しようにもフライパンのひとつもないので、今仕事を辞めるわけにはいかないのも事実だった。
身なりを整えて時間が来るのを待つ。
時間とは半額シールが貼られる時間だ。
夕方午後六時半を回るとそろそろ総菜コーナーのシールが半額になり始める。
「そろそろ行くか」
試読終わり
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