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旅立ちの前①

「いい加減にしてよ。たかが1週間の出張でしょう?」  たまたま遊びに来ていた羽小敏(う・しょうびん)が、とんでもない愁嘆場に呆れてツッコミを入れる。 「だって…。1週間も文維(ぶんい)に会えないなんて…、一緒に暮らしてから初めてなのです…」  まだ潤んだ目をしている煜瑾(いくきん)は、恨めしそうに小敏の方を見て、それから寂しそうに俯いて唇を噛んだ。  そんな仕草が、健気で儚げで、たまらなく艶めかしく見える。ひたすら清純だった煜瑾も、文維に愛されることで、少しずつ妖艶に開花していくようだ。  それを近くで見守りながら、親友の小敏は微笑ましく思う。 「私だって、こんなことになるなら、実行委員なんて引き受けませんでしたよ」  文維も不機嫌そうな顔をして、いそいそと煜瑾の隣に座ってその肩を抱き締めた。  文維は、医学部の先輩であり、アメリカ留学中も先輩として交流があった、楚雷蒙(そ・らいもう)が主催する「上海先進医学研究会」の第1回研修会の実行委員を依頼された。  楚雷蒙は、今や上海でトップクラスの医療法人の代表だ。その関係で「上海先進医療研究会」を設立し、新しい組織の最初の運営メンバーに旧知の包文維を迎えたのだ。  そして、設立からおよそ3カ月。ようやく第1回の研修会という名の親睦会が開催されることになった。   そこまでは良かったのだが、「上海」と名前がついていながら、なんと研修先に楚雷蒙が指定してきたのは、日本の古都・京都だった。  確かにノーベル賞受賞するような最先端医療の研究を進める大学や研究機関もあり、中国の医療関係者が注目しているだけでなく、日本らしい観光地ということで中国セレブの間でも人気の観光地だ。  研修は実質3日間だが、観光や連日の懇親パーティーなど親睦旅行の側面が多く、実行委員である文維は前後あわせて1週間の滞在となるというのだ。  それを聞いた煜瑾は、1週間もの長い間、愛する文維と離れて過ごすことが耐えられず、嘆いていたのだった。 「文維に、1週間も会えないのですよ。その間、私はここで、1人で過ごさねばならないのです。そんなの…」 「煜瑾…」  不安そうな煜瑾を慰めるために、文維はしっかりと抱き寄せ額に口付けた。

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