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1.聖女からのご指名
穏やかな午後の執務室。
いつものように椅子に腰掛けて適当に足を組んで煙草をふかしているのは魔法使いたちが住まう魔塔でも一番てっぺんに部屋を持つことが許されている魔塔主、テオドール・バダンテールだ。
適当に革紐で括られたブロンドの髪、力強い光を放つ赤い瞳。そして自然と溢れる魔力 の圧力が半端ない威圧感で、初めて見る人は大体避けて通るし、オーガキングとか歩けば街を吹き飛ばすとか、不名誉な二つ名も数々。
ここ、アレーシュ王国随一の魔法使いだが……自分勝手で、お酒とギャンブルと煙草好きという、典型的自堕落人間だと皆が噂している。
そんな魔塔主の弟子で魔塔の補佐官を勤めているレイヴン・アトランテが、自分の身にもなって欲しいと何度言っても、どれもやめてくれる気配はない。
テオドールとは違いつやつやとした黒髪で色は地味だが丸くて綺麗な焦げ茶の瞳、全体的に中性的な顔つきのレイヴンは若く見目も整っている。
テオドールにいいように毎日振り回されているが、テオドールが誰よりも可愛がっている弟子でもある。
そんなテオドールの前で、レイヴンがいつもの通り魔塔主執務室で淡々と報告をしていた。
「――以上です。何か質問はありますか?」
「特にないな。それよりレイヴン、コッチに来て座れ」
「……テオ、聞いてないでしょう?俺の話。毎回、毎回、何度言えば分かる……っ」
レイヴンの訴えなんていつも無視して強引に腕を引く。自分の膝の上に無理矢理乗せたと思えば今度は煙草を揉み消して、レイヴンを抱きしめてしまう。
レイヴンも振り払えばいいのに、力強く抱きしめられてしまうと安心してしまう自分もいて、振り払うことがなかなかできなかった。
レイヴンの黒髪に顔を埋めてご機嫌でいるテオドールは、機嫌良く鼻歌歌い始める始末だ。
「ちょっと!毎回、毎回……この状態でまた誰かが来たらどうするつも……」
レイヴンの必死の注意も虚しく無視されたと思った時に、扉が軽く叩かれる。来客に舌打ちするテオドールを押しのけて、レイヴンは何とか扉の前へと行くことができた。
はい、と返事をして扉を開く。
「あ、レイヴンちゃんも一緒だったのね。良かったわ。2人にお願いがあったから」
扉の前にいたのは、このアレーシュ王国で唯一の聖女クローディアンヌ・オブ・ミネルファだった。聖女は普段神殿にいて外に出ることなど滅多にないので、レイヴンも珍しい来客に驚きを隠せなかった。
金糸のように美しいブロンドの長い髪と、優しい紫色の瞳。そして白く美しいシンプルなドレスが色白い手足と相まって良く似合う。思わず見惚れてしまうほどだ。
美しい聖女だが、性別はれっきとした男性で聖女はあくまで役職名。
クローディアンヌの本当の名はクロード・オブ・ミネルファ。双子だった姉が亡くなって姉に成り代わり姉として生きているのが今のクロードだ。
「そんなに驚かれると思ってなかったけれど」
「なんだよ……ババアが何の用だ?お前が直接来るとか、嫌な予感しかしねぇんだが」
テオドールはいつも聖女に向かってババアと呼び、何度注意しても改めない。レイヴンはテオドールをひと睨みしてから聖女を中へと案内する。煙草臭い室内に聖女も手のひらでパタパタと仰ぎながら、ソファーへとゆったりと腰掛けた。
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