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プロローグ
デーア大公国の宮殿内にある書斎で製図をしていたら、開いたドアから彫刻のように整った顔立ちの男が現れた。
「ルネ、ここにいたのか。お前に手紙が届いているよ」
夫のグスタフが僕への手紙を渡しに来てくれたらしい。手にしていたペンを置いてそれを受け取る。
「ありがとう。珍しいな、誰からだろう?」
「この封蝋、リュカシオン公国からでは?」
「え? ああ、本当だ」
僕は祖国からの手紙に不吉な予感を感じて眉を顰めた。
(今更、誰が何の用だろう?)
ペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出した。
『親愛なる息子へ
お元気ですか。殿下が亡くなって、今私とヘクターは大変な窮地に立たされています。
助けが必要なのです。あなたがしたことは全て水に流しますから、すぐに国へ戻っていらっしゃい。
急を要します。
リュカシオン公妃 イヴォンヌ 』
(親愛なる、だなんて白々しいことを……)
僕はため息混じりに背後のグスタフに手紙を掲げて見せた。
「見て、お母様からだよ」
「読んでいいのか?」
「うん」
夫は手紙に目を走らせた。
「ふん、何を今更ふざけたことを」
そう言いながら彼は手紙を奪うとくしゃくしゃに丸めて屑籠へ放り投げた。
「あっ……何するの」
「ルネ、気にすることはない。もうリュカシオン公国のことは関係ないだろう? お前は俺の妻でありこの国の大公妃なんだから」
屑籠を見つめる僕の顔を自分の方に向けると長身のグスタフは屈み込んで唇と唇を重ねた。
「ん……」
「休憩しようルネ。少しは俺にも構ってくれ」
夫が淡い緑色の瞳でじっと見つめてくる。
「でも、まだ図面が出来ていないし……」
僕の発言を無視して夫は僕を立ち上がらせるとソファに向かった。そして自分の膝に僕を座らせる。
「ルネ。子ども達をせっかく預けたのにお前が作業に没頭してるんじゃ意味がないじゃないか。今日は2人きりでゆっくり過ごそうって言っただろう?」
「うん……でも……」
「でもでもって、いつも図面にばかり夢中で俺を放っておくなんて酷いじゃないか」
「グスタフ……だけどあの手紙も気になって……」
「なんだ? まさか継母のところへ行く気なのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「もう終わったことだろう?ルネ、忘れて良いんだ。お前が気にすることはないんだよ」
(そうだよね。僕にはもう関係ない。あの国から追放された身なのだから……)
グスタフはまた僕に口付ける。角度を変えて何度も唇をついばまれ、呼吸が浅くなったところで押し倒された。首筋を舐められる。
「あ……グスタフ……んっ」
そう、あれはもう過去のことだ。僕が成人する直前に始まった悪夢のような日々――。
それはグスタフと出会ったことで終わりを迎え、僕は今第二の人生を歩んでいる。だから今更リュカシオン公国の公位継承争いなんかに関わりたくない。僕は国にはもう戻りたくないんだ。
「忘れろ、ルネ。行かせないぞ」
「うん……」
◇◇◇
しかしこの件に関わらずには済まなくなってしまった。
(やれやれ。僕が行かなくても、まさか向こうからやってくるとは思わなかった)
手紙が来てから二週間後、突然継母と異母弟のヘクターがここデーア大公国の宮殿に押しかけて来たのだった。
僕を罵倒していたあの頃とは打って変わって猫なで声で継母が言う。
「ルネ! ああ、ルネ。可愛い私の息子……! 手紙の返事が無いから私達の方からやってきましたよ」
(僕は来てほしくなかったですが……)
ヘクターも言う。
「ルネ兄さん、会いたかったよ!」
(僕に対してそんな喋り方したこと無いくせに。鳥肌が立ちそう)
僕は二人の顔を見て嫌でも十八歳の頃の出来事を思い出してしまった。
過酷な目に遭ったあの日々を――。
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