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11.はじめての発情期
このときまで僕はあまり深く考えていなかったのだが、オメガ性の人間には発情期が訪れる。最初に発情期を迎えてからは約三ヶ月に一回のペースで一週間もの間に渡り本能的に生殖行動が最優先されるのだ。要するに性行為をしたくてたまらなくなる時期が三ヶ月に一回やってくるというわけだ。
幸いなことに、これまで僕にはそういうことがまだ起きていなかった。オメガでも、早ければ成人前に発情期が来る者もいるらしい。そもそもリュカシオン公国の男子でオメガはとても稀なので成人直前の検査より前に発情期を迎えた男子の例など聞いたことが無かった。
(このまま発情期なんて来なければいいのにな……)
しかし物事はそう上手くはいかないもので、ベサニル領に来てからおよそ半年後に僕は最初の発情期を迎えたのだった。
その日は朝起きたときからなんだか熱っぽかった。
(風邪ひいちゃったかな。最近めっきり寒くなってきたし)
僕は風邪を引いたのだと思ってなるべく厚着をして過ごすことにした。この国に来てからというものの、特に何をするでもなく過ごしている。一応図書室があって、そこは自由に使って良いと言われたので日の大半はそこで本を読んで過ごしていた。
(図書室は本が傷まないように窓が小さくて暗いから寒いんだよね。今日は本を借りて、暖炉のある部屋で読ませて貰おう)
暖炉のある部屋はフェリックスの書斎と二間続きになっている隣の部屋だった。そこは暖炉が赤々と燃えており、いつも温かい。僕の部屋は勿論この部屋からかなり離れているし、図書室よりも寒かった。
面白そうな本を二冊選んで部屋の扉を開けると、暖炉の前には先客がいた。
「あ、お義兄様……」
こちらに来てから義兄のことを何と呼べば良いか未だに迷っている。僕は公子であちらは辺境伯だけど、リュカシオン公国とクレムス王国は比較にならぬほど後者が圧倒的に大きい。そしてこのベサニル領自体、リュカシオンの領土より広いのだ。
その上僕は公位継承権も剥奪されてほぼ勘当状態でここに隔離されているので、身分を比べるとしたら僕の方が下と思った方が良いだろう。
「そろそろ堅苦しい呼び方をするのはやめようじゃないか。お互い名前で呼び合おう、ルネ」
「でも、そういうわけには――」
「いいから。ほら、フェリックスと呼んでくれたまえ」
「わかりました……フェリックス」
彼は今日もどこに行くんだろうと思うような派手な服装だった。赤いコートには金糸の刺繍が施されている。随分機嫌が良さそうな顔をしていると思ったら、よく見ると彼はワインを手にしている。
「君も飲まないか? グラスを持って来させよう」
「いいえ。僕は結構です。お酒を飲むと本が読めなくなってしまうので」
「そうか? ふふ、また難しそうなのを持ってきたな」
「そんなことは……」
(寒くても我慢して図書室で読めばよかった。この人がここにいたんじゃゆっくり読書はできそうにないな)
僕は義兄から少し離れた椅子に腰掛けた。すると彼は形の良い眉を顰めて言う。
「おいおい……嫌われたもんだなぁ。そんな遠くに座ることないだろう? ここに座れ、ほら」
フェリックスは手でバンバンと隣の椅子を叩く。
(はぁ。できれば酔っ払いの隣になんて行きたくないのだけど)
仕方なく領主の隣に腰掛けた。すると彼は僕の顔をまじまじと見つめた。
「なんだ……? おい、まさか……」
「どうしたんです? 具合でも悪いんですか?」
「おいおい、おい。まさか自分で気付いていないのか?」
「……?」
「ルネお前、発情しかけてるよ。驚いたな、どれだけ鈍感なんだ?」
「え……?」
(僕が、発情してるって――?)
熱っぽいと思ったのは風邪ではなく発情期の兆候だったのだ。僕が困惑していたら、フェリックスが訝しげな顔をして言う。
「まさか、初めてなのか?」
嘘を言っても仕方がないので僕は小さく頷いた。
「ははっ! そうかそうか。そりゃいい。最高だ!」
「え……?」
(どうしよう。とにかく、ここに居ちゃダメだよね。フェリックスはアルファだし)
僕は慌てて部屋を出ようと立ち上がった。するとフェリックスが僕の前に立ち塞がった。
「なぁ、待てよ。誘ってるんだろ? 俺のこと」
「はい?」
「うんうん。そういうことにしよう。発情中の美青年がわざわざいつもは来ない俺の書斎に来た。つまりそういうことだな」
「違います、そんなつもりじゃ……」
「いいからいいから。よし、決まりだ。こっちへおいでルネ」
フェリックスはグラスをテーブルに置くと僕の腕をグイッと引っ張った。そのまま隣の書斎に連れて行かれ、彼はドアを閉めると鍵を掛けた。
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