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13.姉の怒りを買う

 発情期の間中、僕は毎晩フェリックスに抱かれて熱い飛沫を受けとめた。初めて経験する発情で僕の脳は性的欲求に支配され、正常な判断など出来ずに狂ったように(アルファ)を求めた。  そして発情期が明けると、それまでの欲望が嘘のように霧散して虚しさだけが残った。  発情期が空けてからの義兄の態度は以前とは打って変わって優しくなった。僕はあの埃っぽい部屋を出るように言われ、彼の部屋に近い豪華な部屋に移された。そして、フェリックスは僕に自分が着ているような華美な服を贈って寄越すようになった。 「ルネ! これを着てごらん。きっとよく似合う」 「なんですかこれ? こんな服着て行くところもありませんが……」 「いいんだ。着ているところを俺が見たいだけだからね」 (一体どうなってるの?)  居候させてもらっている以上、着るものを貰って文句を言うわけにもいかないので言われた通りに着用する。するとフェリックスは満足げに僕の肩を抱いてただ散歩に連れ出したり、ちょっとした用事に共をさせたりするようになった。  着飾った僕を連れて歩くと人々の視線を集めるのが愉快らしい。フェリックスの贈り物はどんどん増えていった。それだけならば特に問題はなかったのだけど、この様子を見て面白く思わない人物がいた。  姉のモニークだ。  当然だろう。自分はそのような贈り物をされないのに夫が熱に浮かされたように義弟に贈り物をしまくっているのだから。彼女の視線は日に日に冷たくなり、僕はいたたまれなかった。 「フェリックス。もうこんな服を用意するのはやめて下さい。でないと姉が怒りますよ」 「なんだ? モニークにいじめられているのか?」 「ち、ちがいます! そういう意味じゃありません。ただ、姉を差し置いてこのようなものを受け取るのは心苦しいということです」 「ふぅん、そういうものか?」  いまいちピンと来ないという顔をしていたものの、僕の再三の要望を受け入れ、プレゼント攻撃は少しだけ落ち着いた。それで少し姉の気が収まるかと思った。  しかし今度はそれ以上にも増して悩ましい問題が起きてしまった。  はじめての発情期を迎えてから四ヶ月以上経つのに、次の発情期が来なかったのだ。  僕はそんなはずはないと自分に言い聞かせていたが、明らかに最近具合が悪くなってきていた。食欲が無く、食べると吐いてしまうこともある。 「嘘だ……こんなの……嘘……」  あの発情期の間、僕は何度フェリックスに精を注がれたかわからなかった。 (オメガって本当に妊娠するんだ……)  馬鹿みたいだけど、実際こうなるまではまるで実感が無かった。僕はこれまで自分がオメガだと思いもしなかったので、オメガについて何も知らない。こちらに引っ越してからも図書室で見る本といえば治水や建築、都市計画、農業などの技術書ばかりだった。 (こんなことならもっと医学書を読んでおけばよかった)  僕は今更ながら自分の身体のことを知ろうと思い医学書、とくにオメガの妊娠に関する書籍を読み漁った。そしていかに自分が何も知らず無防備に過ごしてしまっていたかを思い知った。 (馬鹿だった。十八歳を超えているのに体調を考えずに安易にアルファの近くをうろうろしていた自分が悪いんだ)  姉のことを蔑ろにして僕を抱いたフェリックスは確かに悪い男だ。しかし僕もまだ成人して間もないとはいえ軽率過ぎた。これまでずっと自分がアルファかベータの男だと思って生きてきたため、自分の身を守るなどということに全く無頓着だったのだ。 (あのオメガの使用人の少女ですら気をつけろと言ってくれたのに。僕は愚かだ――でも妊娠したのだとしたら、神が授けてくれた命だから大事にしなければいけない)  僕は薬指に唇を押し付けて、なんとかこの困難を乗り越えられるように祈った。 ◇◇◇  しかしそれから数ヶ月して、僕のお腹が出てきて周囲に妊娠したことが知れてしまうと状況はまた一変した。僕が誰の子を身ごもったかは義兄の態度を見れば一目瞭然だった。フェリックスは僕の妊娠をとても喜んだ。僕はそれにちょっとだけほっとしてしまったことが自分でも不思議だった。  自分のお腹に宿った命の父親であるからか、彼がこの子どもに対して拒否反応を示さなかったことに本能的に安堵したということなのだろう。  ただし、それを姉がただ黙って許してくれるはずもなかった。これまで僕に話しかけてくることなどほとんどなかった姉に初めて呼び出された。 「ルネ、話があるからこちらへいらっしゃい」 「はい、お姉様」 (なんと言われるんだろう――) 「お前、妊娠しているの?」 「……はい、お姉様」 「フェリックスの子ね?」  僕はすぐに答えることができなかった。 「隠す意味があると思うの? 彼の態度を見れば丸わかりよ」 「はい……申し訳ありません」  僕は頭を下げた。 「ふん、あの好き者のことだもの、あなたみたいなきらびやかな顔のオメガが近くにいて手を出さないわけがないわ。ああ、だから私はあなたがここに来るのが嫌だったのよ!」 (最初から歓迎されてなかったのはそういうことだったんだ……) 「……本当にごめんなさいお姉様。僕がいけなかったんです。ここに来るまで発情期が来たことがなくて、よくわからなくて……」 「隙だらけで襲って下さいと言わんばかりだったものねぇ? 私はてっきりわざとだと思っていたわ」 「そんな! それは絶対ありません」 「ふん、どうだか。あなたリュカシオンでアランお兄様を誘惑したせいでここへ追放された身だということを忘れたの? やれやれ。黙っていようと思ったけどあなたのその何も知りませんって顔見ていたら腹が立って仕方がなくなっちゃったわ。もう我慢するのはやめた。これからどうなるか楽しみにしていて頂戴」 「え……?」  姉は去っていった。 (どういうこと……?)

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