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19.殿下と共に行くことを許される

 翌日も僕はいつもと同じように朝食の後は少しだけ外を散歩し、午後からは図書室で本を読んでいた。昨夜は大公に言われたことが気になってよく眠れず、本を読みながらうとうとしてしまった。 「ルネ様、ルネ様!」  僕の肩を揺すって起こしたのはロッテだった。 「ん……? ああ、ロッテ」 「起きて下さい。旦那様がお呼びです」 「え、あ、わかったすぐ行く」 「応接間に皆さんお集まりです」 (応接間? 皆って……?)  僕は本を棚に戻して応接間へ向かった。 「お待たせして申し訳ありません」  部屋にはフェリックスの他に姉と大公殿下とその側仕えの者が揃っていた。 「ルネ、そこに座りなさい」 「はい」 (なんだろう?) 「殿下にお聞きしたが、デーア大公国に行くというんだな?」 「あ……」  僕はグスタフ殿下の方を見た。目が合うと彼は軽く頷いた。 (本当に話を通して下さったんだ) 「はい、殿下が連れて行ってくださると――」 「どういう意味かわかっているのか?」 「はい……?」  殿下が口を開いた。 「私はルネの身元を引き受けようと思っている。君さえ良ければ我が国に移り住んで治水技術を学んでみないか?」 「えっ! よろしいんですか?」 (まさか、一度見てみたいと思っていただけなのに技術を学ばせて貰えるだなんて!)  僕が目を輝かせていると、横から姉が口を出した。 「だめですわ」 「お姉様……」 「ルネはリュカシオン公国から預かっている大切な公子ですもの。簡単に殿下にお渡しするわけには参りませんわ」 「そうなのか? 昨夜は切って捨てても良いと言っていたではないか」  フェリックスは話が見えずに姉と殿下を交互に見ながら言う。 「どういうことだ?」  しかしそれには答えずに殿下は更に姉に問う。 「どうしたらルネを渡して貰える? 金か?」 「まあ、そんなこと! 私がお金で弟を売るとでも? 彼は奴隷ではありませんことよ」  姉と殿下はお互い笑顔であったが、実際は火花が散りそうなほど鋭い視線をぶつかり合わせていた。 「ではどうすれば良いのだ」 「お嫁にでも行くと言うならこの子の両親も喜ぶでしょうけれど、まさかそんなことはあり得ませんわね。大公殿下ともあろうお方が誰の子を宿しているかもわからない身重のオメガを娶るなど」  姉は鼻で笑いつつこちらを侮蔑するような目で睨み付けた。僕は無意識のうちにお腹を抱きしめた。 (やはり僕はここから出て行くことは許されないのか……) 「よかろう。では支度金をすぐに送らせる」 「は?」 「え……?」 「何ですって!?」 「嫁にもらうなら文句は無いのであろう? だからルネを我が妻として国へ連れて帰ると言っている」 「なっ……!何を仰っているかわかってますの!? この子は汚らわしい不義の子を身に宿しているのですよ!」 (ああ……やめて。この方の前でそんなこと言われたくないのに……)  姉は甲高い声で喚き続けているが、殿下は落ち着いた声で言った。 「構わん。ルネ。明日の朝には出発するから準備しておくように」 「え、あ、え……?」  姉を見ると血走った目で僕を見ていた。しかし殿下は構わずに立ち上がり、部屋を出て行った。 「僕……行っても良いのでしょうか」 「勝手にしなさいよ!」  姉は僕を怒鳴りつけ、勢いよく立ち上がるとこちらを見もせずに出て行った。後に残されたフェリックスは呆然としていた。 「……フェリックス、あの、本当に行っても良いの?」 「あ、ああ。いや、驚いたな。あの方は結婚なさるおつもりが無いと国王陛下も嘆いていらしたんだが……」 「そうなんですか」 「ここに居てもお前は幸せになれないだろう。行け、その子が産まれる前にモニークから離れた方が良い」 「フェリックス……」 (僕がお姉様から嫌がらせを受けていたことを知っていたの?) 「さあ、旅の支度をして来い。これでも俺はお前とお腹の子のことを心から心配しているんだ」 「…………」 (そんな事、今更言われても) 「悪かったな、俺が勝手をしたせいで……。今更謝っても遅いのはわかってるから許してくれとは言わない」  フェリックスは僕のお腹にそっと手を乗せた。膨らみを大事そうに撫でる。 「幸せになってくれ」 (こんなふうに言われたら彼にされたことをどう思えばいいのかわからないじゃないか……)  僕は複雑な気分で自室に戻った。

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