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25.離宮での生活
殿下と僕の部屋は別々に用意されていたので寝るのもそれぞれに、と思っていた。しかし、共に寝ようと言われて殿下の部屋で一緒に寝ることになった。先ほど自分がひとりでおかしな気分になりかけたことを思うと、恥ずかしくて一緒に寝るのは遠慮したいくらいだ。だけど殿下はきっと僕が慣れるためにそうしてくれるのだから、その気持ちを無下にはできなかった。
殿下の部屋のベッドは広々としており、成人男性二人で寝るのにも十分なスペースがあった。
「そんなに警戒することはない。何もしないから近くに寄れ」
僕が変に意識して、彼との間に空間をあけて横になったことを笑われてしまった。
「いえ、そういうわけでは――」
(自分が変な気分にならないためだなんてとても言えない……)
「お前が出産するまで手を出したりしない。安心しろ」
「そうなのですか?」
「身体に障るといけないからな。お前にも、お腹の子にも無理はさせたくない」
殿下は僕の手を取ってキスした。
「本当は触れたくてたまらないが、お前を大事にすると誓ったからな」
これまで僕の体調などお構いなしに男たちの好きな時に抱かれてきたので、こうやって気遣ってもらえたことが嬉しかった。
「ありがとうございます、グスタフ様」
「ああ、やはり”様”をやめてくれ。少しずつで良いから、敬語もやめてほしい。お前と親しくなりたいんだ」
「あ……はい。努力します、グスタフ……」
「そうしてくれ」
その夜からは殿下に求められ毎晩少しずつ僕の生い立ちの話をした。オメガとわかってからのつらい日々について話すのは胸をえぐられるような苦しみを伴った。だけど殿下が全て聞きたいと仰るので包み隠さずに話した。
なるべく他人事のように淡々と話したつもりだけど、やはり涙を堪えきれずに僕は泣きながら話していた。なぜ殿下はこのようなことをさせるのかと最初はわからなかったが、毎晩そうやって話をして泣いているうちに、なんだかすっきりとして心が軽くなっていった。
話す前は、もしかしたらこんな話をしたら殿下におぞましいと思われ嫌われてしまうんじゃないかと怖かった。でも、自分の本性を隠したまま嫁ぐことはできない。どんな内容にも殿下は優しく相槌をうち、僕の頭を撫でながら聞いてくれた。そして毎晩僕を抱きしめて眠ってくれる。それは全てを話し終えても変わらなかった。
「ルネ、つらい話をさせてすまなかった。だが俺は全て知りたかったんだ。お前の悲しいことも嬉しいことも全部な。これからは楽しい思い出を共に作ろう。今までのつらい思い出など消えて無くなるくらいにたくさん。そのためなら俺は何でもする」
(殿下は僕の苦しみを分かち合おうとしてくださったんだ……)
「こうして抱きしめてもらうのが僕にとっては何よりも嬉しいことです」
殿下は僕を一層強く抱きしめて額にキスした。
「つらかったな。よくぞ耐えて俺の元に来てくれた。必ず幸せにするから、もう心配しなくていい」
「はい」
殿下に抱きしめられると彼の胸元から立ちこめる香りが鼻孔をくすぐる。それは太陽の光を浴びた若草のようで、これまで嗅いだどんな人の匂いよりも心地よく、僕はそれに包まれると安心して眠ることができるのだった。
◇◇◇
この離宮には僕が恐れる物は一切なかった。
使用人たちはいつも丁寧な仕事をしてくれている。僕の妊娠が知れてしまうため最低限の人数しか配置されていなかったが、皆優しい者ばかりで、目が合うと会釈してくれる。何よりもここには恐ろしい兄や姉がいないので、彼らの姿に怯える必要が無くなったのが僕にとって一番の救いだった。
「こんな生活ができるようになるなんて思わなかった」
僕が突然こんなことを言ったので隣で繕い物をしていたニコラが手を止めて顔を上げた。
「え? どうしたんですか急に」
「あ、ごめん。声に出てた?」
「はい」
「いや、オメガの僕がこんな生活させてもらって良いのかなってね」
「え? どうしてですか」
ニコラは心底不思議そうな顔をしていた。この国で生まれたオメガは何も不自由せずに生きられる。だからこれが当たり前だと思っているんだろう。
「僕の生まれた土地ではオメガは君主一族の恥とも言われていたから……。ここで皆が優しくてくれるのが不思議なんだよ」
「ええっ、恥ですか? だって、オメガは男でも子が産める貴重な種ですよ。発情期は厄介ですが、それを補って余りあるくらい世の中の役に立つ性別じゃないですか」
(へぇ……この国では自分がオメガであることをそんなふうに思えるんだ)
「すごいね、ニコラ。僕は自分のことをそんなふうに思ったことなかったよ。汚らわしいとか、不吉とか皆に言われて来たから」
ニコラは思い切り顔をしかめた。この子は表情豊かで、見ていて飽きない。
「ええっ! 酷い。そんなこと言う人がいるんですか? ルネ様に? 信じられません! こんなお美しい方によくもそんなことが言えますね」
「はは……」
「もう、嫌な人が居るものですね。その人達ってルネ様の美貌を妬んでるだけじゃないですか? オメガでもルネ様ほど綺麗な方って珍しいですもん」
「そんなに言われたら恥ずかしいよ」
「もう、なんて謙虚なんですか! 僕がルネ様だったら毎日着飾ってパーティーに出掛けますよ。どう? 僕綺麗でしょってね」
「あ……ペネロープと同じこと言ってる……」
ニコラがきょとんとした顔をする。
「へ? ペネロープさん……って誰ですか?」
「ああ、ごめん。僕が生まれた時からリュカシオン公国で世話になっていた侍女なんだ」
「へぇ、その方とは気が合いそうですね!」
「うん、きっとね」
そうだ。ここに来てから引っ越したという手紙を書いたきりだったから、ペネロープにまた手紙を書こう。元気にしているといいな。
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