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31.宰相との対面と結婚式

 結婚式を一週間後に控え、僕は始めてデーア大公国宰相のマルセル・アードラーと対面することになった。グスタフから恐ろしい恐ろしいと聞かされていて、一体どんな強面なのか戦々恐々としていたのだけど、部屋に入ってきたのはスラッとした長身の美男子だった。ブルネットの髪にブルーグレーの瞳で陶器のような白い肌をしている。 (え……この方のどこが恐ろしいというんだろう?) 「お初にお目にかかります。宰相のマルセル・アードラーでございます」  僕がぼうっとして見惚れていたのでグスタフから肘で突かれた。 「あ、ごめんなさい。はじめまして。ルネ・バラデュールです」 「ご挨拶に来るのが遅れましたことをお詫び申し上げます。何しろ、殿下がやっと旅から戻られたと思えば離宮に入り浸っているせいで公務が溜まりに溜まっておりまして」 「あ……はぁ……」  この後マルセルと話してわかったことだけど、グスタフには放浪癖があり世界中を飛び回っていてその間の公務は全て宰相のマルセルに任せていたのだそうだ。そんなわけで、グスタフはマルセルにだけは頭が上がらないのだった。 「マルセルがいなかったら俺は大公ではいられないだろうな。ははは!」 「ははは、じゃないですよ殿下。ご結婚なさるのですから、今後はもう旅ばかりしてはいられませんからね」  マルセルは冷たい目でグスタフをチラッと見る。それだけでグスタフは少しひるんだ様子だった。 「あ……そ、それもそうだな」 「当然です。クレムス王レオナルド様がいくら口を酸っぱくして結婚相手を見つけるように言っても一向にとりあわなかったというのに突然このようなことになって驚きました。でもルネ様が嫁いで来てくださって本当に助かりました。これからは全身全霊で公務に励んでくださることでしょう」 「くっ……。せっかくこれから結婚だという浮かれた気分の時に仕事のことを思い出させてくれるな」  グスタフは眉間に皺を寄せている。どうやら、怖いというのは本当らしい。 (でも、恐ろしいというのはこういう意味だったんだね。冷たそうに見えるけど実際の所は面倒見が良い人みたいだし、グスタフも相当信頼を置いているのがわかる) 「ルネ様。どうか殿下を支えて差し上げてください」 「あ、はい。僕にできることでしたらなんでもしようと思っています」 「ありがとうございます」  それまで無表情だったマルセルがふと微笑した。 (あ……綺麗だな。オットーもこの方の笑顔が見たくてずっと恋しているのかなぁ……)  僕は心の中で勝手にオットーの恋が成就しますようにと祈った。 ◇◇◇  僕とグスタフの結婚式は盛大に行われた。挙式を行った大聖堂から宮殿までのパレードは、他国から嫁いできた花嫁と凛々しい大公を一目見ようと集まった人で溢れかえっていた。  僕はオメガという負い目があって当日まで不安が拭えなかったけど、温かい歓声に迎えられて心底ホッとした。 (本当にこの国では誰もがオメガの僕を差別せず受け入れてくれるんだ……) 「どうだ? 皆、ルネの美しさに見惚れて呆然と口を開けているのが見えるか?」 「いえ、まさか。グスタフの立派さに心奪われているのでしょう」  グスタフは詰め襟の白い上着姿で紅白のサッシュを斜めがけしている。そして赤地に金で二本側線の入ったボトムスを着用していた。僕も形は彼と同じで、上下ともに白い軍服姿だ。上着には緻密な刺繍が施されている。純潔をイメージしてくれたらしいけど、既に出産した身としては良心が痛む。ペネロープは「ルネ様の心は清らかなままですから何も問題ありません」と何度も力説してくれたのだけど。 「俺に? そんなわけがあるか。市民は俺の顔など見飽きているさ。ほら、あの少女もルネに手を振っている。あれはリュカシオンの国旗の色だろ?」 「あ……」 (本当だ。あれは祖国の国旗の色……)  少女は手に青い色のハンカチを持って必死に振っている。リュカシオン公国の国旗と同じ色だ。人々を見渡してみれば所々に青い色の物を振ってくれている人がいる。僕は酷い目に遭って国を追放されてきたから、祖国にはなんの未練もないと思っていた。だけど今あの色を見て、彼らが僕の生まれ故郷のことを想ってくれた優しさに涙が出そうになった。 (僕が生まれてから十八年間を過ごした国――最後はつらかったけど、母が生きている間はあの国のことを愛していた。青い空、広々とした農地。僕は生まれ故郷から巣立ってこのデーア大公国に嫁ぐんだ……。母にこの姿を見てもらいたかったな――)  この日、招待状を出したもののリュカシオン公国からの参列者は無かった。 父ジェルマン二世が病に倒れており、国内は飢饉でそれどころではないというのが表向きの理由だ。しかし実際のところ、追放した公子のためにわざわざ一族の者が参列する義理は無いというのが本音だろう。  結婚の許可を得ようと出した手紙にも、了承を伝える素っ気ない返事が来ただけだった。

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