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36.継母とヘクターとの再会

 手紙のことは忘れてしまおうと思っていたのに、そうはいかなかった。 (やれやれ……僕が行かなくても、まさか向こうからやってくるとは思わなかった)  手紙が届いてから二週間後、突然継母と異母弟のヘクターがデーア大公国の宮殿に押しかけて来たのだった。僕を罵倒していたあの頃とは打って変わって猫なで声で継母が言う。 「ルネ! ああ、ルネ。可愛い私の息子……! 手紙の返事が無いから私達の方からやってきましたよ」 (僕は来てほしくなかったですが……)  ヘクターも言う。 「ルネ兄さん、会いたかったよ!」 (僕に対してそんな喋り方したこと無いくせに。鳥肌が立ちそう――)  二人に向かって僕は冷たく言う。 「一体どうしたのです、これまで連絡の一つもくださらなかったというのに。僕の結婚式にもお見えにならず、父の葬儀への参列も許して下さいませんでしたよね?」 「まぁ、ルネ。あなたの結婚式の時は殿下がご病気だったのですよ。それにここ数年は飢饉が続いていて、それどころではなかったのです。許してちょうだい。あなたの結婚式ですもの、どれだけ見たかったことか。ねえ、ヘクター?」 「はい。それはもう。ルネ兄さんの花嫁姿が見られずとても残念だと母上は嘆いていましたね」 「そうですわ。それに、葬儀は……ほら、あなたは出産後で遠出するのは大変だと思ったのよ」 「母上なりの優しさですよ、ルネ兄さん!」 (嘘ばっかり。いつまでこの茶番に付き合えばいいんだろう) 「それはそれは、お気遣いありがとうございます。それで、本日はどのようなご用件で?」 「ああ、そうなの。大変なことになったのよ。ね? ヘクター」 「はい、それはもう、大変な目に遭いました」  母子は顔を見合わせて頷き合っている。 (何が言いたいんだ?) 「大変な目とは?」  継母が少し言いにくそうに答えた。 「私達……ちょっとばかり出来心で、ね? 嘘を言ったのが長兄のアランにばれてしまったのよ」 「嘘、ですか?」 「ええ。ほら、ヘクター説明して」 「はい。それがですね、僕はそのぅ、実はアルファではなくベータ性なんです」 「え!?」  突然の告白に僕は仰天した。 (一体何の話なの……?) 「でも、医師があのときアルファだと……」  継母は苦笑いする。 「いえね、ちょっと……ほほほ」  話を聞いたところ、ヘクターの公位継承順位を上げるために良かれと思って医師にお金を握らせ、偽りの診断結果を報告させたのだそうだ。  そして今回の領土争いの中で、ヘクターについて調査をしたアランにその件が知れてしまったのだという。もちろんこのようなことは前代未聞で、偽証罪に問われて断罪される寸前で継母とヘクターは逃げてきたのだった。 (なんて大それた事を……)  しかし継母は悪びれもせずに言う。 「もう、アランときたら、家族だというのに処刑だなんて。ちょっとした嘘じゃない? あまりに酷すぎるわよねぇ」 「え……?」 (どう考えても罪は重いじゃないか)  継母はパチンと手を合わせた。 「それでね、私は良いことを思いついたの。ルネ、あなたがいるじゃないって」 「……はい?」 「ほら、殿下が亡くなった後は王都を含む北側の一番大きな領土は公世子であるアランが治めるのは決まっていたでしょう? あとの東、西、南の地域をそれぞれドミニク、ルネ、ヘクターの三人でそれぞれ治める予定だったわよね?」 「ええ」 「だけどあなたはリュカシオンを出た。だからあなたのための西地区が誰の領土になるかということでね、揉めていたのよね」  ヘクターは継母の横で神妙な顔をして頷いている。 「そうでしたか」 「それで、あなたがヘクターと手を組んで西と南の土地を手に入れられれば……アランを出し抜いてヘクターが公国を治めることも夢じゃないんじゃないかしらって思ったの」 「はぁ……? な、何を仰ってるのか……」 (僕が、ヘクターと手を組むだって?) 「ねえ? デーア大公国は豊かな国じゃない? 少しだけあなたの横にいる素敵な旦那様に軍事力もお借りして――アランを黙らせては貰えないかしらねぇ? じゃないと私もヘクターも殺されてしまうわ。ね? 弟が処刑されるなんて可哀想でしょう?」 「この国の軍事力を借りたいですって?」  僕は継母のあまりに図々しい提案に目眩がしてきた。 「それに、あなたって特殊タイプのオメガなんですってね? 多産で優秀な子孫を産むことができるんでしょう? あのね、ヘクターはベータでほんの少し能力が不足してるじゃない? いえ、この子には良いところもいっぱいあるのよ。だけど、世継のことを考えたら……あなたに産んでもらった子を養子に貰ったらもっと良いんじゃないかしらって考えたの。どう? いい考えでしょう?」 「は……な、なんですって?」  それまで黙って僕の隣に座っていたグスタフが口を開いた。 「あまりにも無礼すぎる物言いだな」  継母は急に沈黙を破ったグスタフの低い声にたじろいだ。 「え……?」 「あなたは一体何様のつもりなのだ? ルネは今やこの国の大公妃だぞ。身内とはいえそのような敬意を欠く発言、聞き捨てならん」 「あ、あらいやですわ。無礼だなんて。ルネは血の繋がりこそ無いけれどれっきとした私の子ですのよ」 「ふん、何が私の子だ。さんざん罵って国から追い出しておいてどの口がそのようなことを言うのだ?」  継母はキッとグスタフを睨み据えた。 「まぁ! あなたこそ無礼ではありませんの!?」 「偽証罪で処刑寸前の分際で何を偉そうに。ルネと手を組もうだ? 貴様のような人間に貸す手はない」  継母の顔が屈辱に歪んだ。 「くっ……なんて言い方……! 誰も彼も皆顔が綺麗なだけのオメガ風情にころっと騙されて目がくらんで……。ルネ! この男にちやほやされてるからっていい気になるんじゃないわよ!」  急に名指しで怒鳴りつけられて驚いた。 「え……?」 「ああ、もう腹が立つ! せっかく下手に出てお願いしているというのになんだっていうのよ! お前のその顔を見ていると母親のことを思い出して虫酸が走るわ!」 「お母様のことを……?」 「私はあの女が……ミレーヌが大嫌いだったのよ!」 (継母は僕の母を嫌っていた……? でも、不倫をされた僕の母が継母を恨むならわかるけど、なぜ?)

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