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【番外編】歪んだ真珠の肖像(4)

 後日、本当にオットー・リーゼンフェルトから狩りの誘いを受けた。  私は十二歳のとき大怪我をしてしまったのでこれまで狩の経験がなかった。そもそも身体を動かす趣味が無く、ほとんどの時間を勉強や読書に充てていた。  格下の家柄の子息からの誘いであるし、断ることは難しくなかった。しかし、彼がとりわけ仲の良いグスタフ殿下のことを考えると……。 「将来宮廷に勤めることを視野に入れている身としては、彼とも親睦を深めておいて損はないか」 ――そうだ。彼からグスタフ殿下のことを色々聞き出せば良い。そうすれば今後殿下に気に入ってもらえるチャンスが得られるかもしれないのだ。  殿下が大人になられたときのことを考慮すれば、ここでリーゼンフェルト伯爵子息の誘いを断って印象を悪くするのは得策ではない。  私はこの誘いに乗ることにした。  そして約束の日、オットー・リーゼンフェルトが現れた。  彼はまだ十二歳なので、付き添いとして大人の従者を一人連れていた。私はもう十八歳だったから狩りへ行くのに付き添いは必要なかったが、身体のことを心配した叔父が付いてきてくれた。  馬への乗り降りの際など、心配性な叔父が私になにくれとなく手を貸してくる。いつものことなので私は当然のように差し出された手を取り馬に押し上げてもらう。  その様子を少し離れた位置からオットーが見ていた。  私はいつも通り何も考えずに叔父の手を借りたが、年下の子どもの視線を受けて急に恥ずかしさが込み上げてきた。女や子どもでもあるまいし、アルファの成人男性が馬に一人で乗ることもできないのかと彼は内心笑っていたに違いない。  私はその日一日中落ち着かず、狩りどころではなかった。勿論殿下のことを聞き出すなどという余裕もなく屋敷に帰ってきたときには疲労困憊していた。 ――大体、彼はなぜ私を鹿狩りになど誘ってきたんだ?  私は昔から背ばかりは高かったが、細身で身体を動かすのが得意には到底見えない体型だ。対してオットーは身長に関してはまだ私の肩ほどまでしか無いものの、すでに骨格はしっかりしてきていて手足にも程よく筋肉が付き始めているのが衣服の上からでもわかった。若木のようなしなやかさで、この先ぐんぐん背も伸びるだろうことが見て取れた。  本ばかり読んでいる私のような男を狩に誘っても面白くも何ともないだろうに――。  もうこれに懲りて二度と誘ってくることも無いだろう。彼を通して殿下に取り入ろうという作戦は失敗に終わった。  そう思っていたのだが不思議なことにその後もオットーは年に数回は私のことを誘って狩に出掛けたり、茶の席に招いたりした。  何が目的なのかはわからないが、彼は私がいくら狩が下手でも会話が下手でも一緒に居る時は常に楽しそうにしていた。  私には兄弟もおらず、年下の人間にどう接していいかよくわからなかった。ただ彼が喜んでいるようなので、グスタフ殿下の手前誘いを断らずに付き合いを続けていた。  そして気づいたときには、勉強ばかりしていて友人らしい友人もいない私にとって彼が唯一の友となっていた。  はじめはグスタフ殿下に繋がるためという打算で彼と交流し始めたものの、彼は私に対して常に見返りを求めない友情を見せた。それでいてあまり頻繁に誘ってこないのも私にとって心地がよかった。もし間を置かずにしつこく誘われていたらこのように長く付き合うことは出来なかっただろう。そういう意味で、彼は年下でありながら私という人間の扱いを良く心得ているようだった。

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