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第39話 彼なら
「少し遠くまで連れ出してしまったけど、大丈夫かな」
「あ、はい」
確かにちょっとびっくりはした、かな。
だって、駅の近くだっていい感じのお店はたくさんあるから、旭輝が教えてくれたスープの美味しいパン屋みたいに、どこかそのあたりで気軽に食べるのかと思ってた。他にも美味しい店が結構あるんだって言ってたから、そんなお店に行くものだと。
だからタクシーがお店まで迎えに来た時はちょっと驚いた。電車で三駅分、なおかつ、最寄駅から少し離れてるところにある隠れ家的なレストラン。
連れてきてもらったイタリアンレストランはテラス席もたくさんある少しカジュアルで店内もそのテラスも緑が溢れる、繁華街とは思えないナチュラルな場所だった。点々と剥き出しの裸電球がテラスとお店の大きな窓を縁取っていて、なんとなく懐かしさもある感じがする。
お店のオーナーは国見さんのお店の常連さんでもあるらしくて、店内のディスプレイも国見さんが内装をコーディネートしたんだって言ってた。確かに雰囲気が似てて、まるで国見さんのお店にいるような感じがしなくもなくて。
トータルコーディネートみたいなことできちゃうなんてすごいって言ったら、知り合いでコストを低く抑えるためだよ、なんて謙遜してた。
褒めると、少し照れくさそうに笑うところが可愛い人だなって思った。
「家までは送るから」
「あ、いえ! 大丈夫です!」
「あ、もしかして送り狼とかを心配されてる?」
「! そんなことはっ」
「なんだ、ないのか……」
そこで国見さんがしょんぼりと肩を落とした。ほら、そういうところが可愛い人だなぁって。
旭輝ならここでしょんぼりした顔はしないだろうから。きっと不敵に笑いながら同じことを言うと思う。なんだ、ないのかって、俺のことをからかいながら。
「もう、心配されるのと、されないのどっちがいいんんですか?」
「あはは」
単純にさ、かっこいいよね。仕事ができて、ユーモアもあって、かっこよくてお洒落で。欠点なんて一つもない感じ。
そんな人がどうして俺なんかのことって思うよ。
「まだ、食べられるかな? ここのチーズピザが絶品なんだけど、食べられる?」
「あ、はい」
「それじゃ、それも追加で頼もう。ワインも合わせて」
にっこりと笑って、国見さんはテキパキと追加の注文を終えた。
「聡衣君は細いから、少し食べた方がいい。って、これはセクハラになるのか……」
「っぷ、大丈夫ですよ」
「決してやましい目で見てたわけじゃないからね」
「はい。わかってます」
細いって……言われちゃった。旭輝にもよくそう言われて、たくさんご飯作ってもらったっけ。倒れそうだって、山盛りの焼肉を二人で食べたりした。
「やぁ、久しぶりじゃないか。クニミ」
わ、すご。
「やぁ、ご無沙汰してしまった」
イタリアンレストランだけどイタリア人だとは思ってなかった。外国の人がやってるお店なんだ。国見さんは戸惑うことなくそのオーナーとたまにイタリア語を交えつつ、でもきっとこの席に俺がいることも考慮して日本語でわかるように話してくれた。
「もしかして、クニミの? とても美しい人だ。挨拶をさせてもらえるかな?」
「あ、えっと」
「日本式でないとダメだぞ」
「イタリア式じゃダメなのか」
戸惑っているとオーナーさんはにっこりと笑いながら握手だけして、たくさん食べていってくださいと少し外国人なまりの日本語で挨拶をしてくれた。
「な、なんかすごいですっ」
「あはは、ありがとう。きっと俺がエスコートしてここに来るなんて珍しいから見に来たんだよ」
それでもすごい。
「でも、俺は君のことを自慢気に見せびらかせて、楽しかったよ」
「……ぁ」
外国仕様、なのかな。
そういうのストレートにサラッと言えちゃうのって。旭輝なら――。
「!」
「聡衣君?」
何、してんの、俺。
「な、なんでもない、ですっ、わ、チーズピザ着ましたよ!」
さっきから、何度もさ。なんで旭輝のこと思い出してるんだろ。もう、バカ。何? なんで?
「熱いうちにいただきます!」
どうして? 何度も旭輝のこと思い出してんの?
「はふっ、あふっ」
「大丈夫? 聡衣君、水っ」
ね? ほら、そんなことで動揺なんてしたりするから、舌、火傷しちゃうんだってば。
「本当にタクシー乗っていかない?」
「すみません。ちょっと買い物もしたいので」
「……そう?」
「はい! あの、今度、また誘ってもらえる時はタクシー相乗りさせてください」
にっこりと笑顔でそう言うと、国見さんはそれ以上の無理は言わずに、止まって待機しているタクシーへと向かった。
「明日もまたよろしくお願いします。お疲れ様です」
深くお辞儀をして、顔を上げると、国見さんも笑顔で「じゃあ」と手を振ってくれる。
「……」
一緒に帰らせてもらえばいいのにさ。
「……」
でも、国見さんが案内してくれたレストラン、駅で言えば三つ。でもその駅から少し歩くからって正確には駅から三つ、もしくは四つ、の間くらいにある、かな。
その辺りだったらさ。
近いから。
だから旭輝、近くで飲んでたりしないかなって思ってさ。そしたら――。
「……ぁ、メッセージ来てる」
そしたら、一緒に帰れたりなんて、って思ったんだ。なんとなく、ふと、なんでか。
あの美人の同僚さんと二人ぼっちの二次会行ってるかもよ?
もしもそうならそれはそれで「そっかぁ」って言って帰るよ。
あの美人の同僚さん以外にだって旭輝とまだ飲みたいって人、きっとたくさんいるんじゃん?
もちろんそんな時は邪魔せず帰るし。
でも――。
「あ、もしもし?」
旭輝からメッセージが届いてた。ちょっと前、十分くらい前、「今から帰る」って。それを見つけた今、確かに胸が飛び跳ねて。気がつくと、旭輝へ大急ぎで電話なんかかけちゃって。
おつかれー、気をつけてー。
とかじゃなく。
そっかぁ俺もそろそろ帰ります。
とかでもなく。
「旭輝? 今、俺もっ」
「あれ、君って、久我山の……」
声をかけられて振り返ると知らないサラリーマンだった。
「あ、やっぱりそうだ。久我山の、だよね?」
知らないサラリーマンが旭輝と同じくらい仕立てのいいスーツを着て、微笑んでいた。
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