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第81話 条件反射
旭輝はけっこうコーヒー好きだよね。
コーヒーメーカーとか持ってても良さそうだけど、そういうところはなんでかアナログ。簡単にドリップできる一つ一つ個包装になってるものもあるし、自分でゆっくり丁寧にコーヒーを落として淹れていくタイプのも持ってる。ほら、よく喫茶店とかにありそうな手で淹れてく感じのコーヒー。
忙しい時は個包装の。
休みの日でゆっくりしている時は、ゆっくり丁寧に。
一日に何倍飲むんだろ。
でも三回、四回は必ず、かな。
タバコは吸わない。
こうして一日二人っきりで過ごしてると旭輝の小さな日常の癖とか習慣とかを発見する。
他にも色々あるんだ。本を読む時は少ししかめっ面になる、とか。ご飯はエリート官僚にしてはたくさん食べて、一口が大きいとか。あと、そうそう、くしゃみはちょっと可愛い感じで、あくびは自分の部屋なのにできるだけ見えないように口元をちゃんと押さえるとかも。
それから年越しそばは。
「手打ちなんてするわけないだろ」
「……そうなんだ」
乾麺タイプ、でした。
なんか、勝手なイメージだけど料理がすごく上手だから蕎麦粉から始めちゃうかと思った。でも、頭がいいからそんな非効率で時間ばかりかかる割には味はそこまでなことはしないらしい。焼きたて、出来立てのお菓子やパンみたいに作りたて、茹でたてなら美味しいだろうけど、プロじゃないからさ。売ってるものの方が断然楽で美味しいよね。
でも、お汁がお手製で、もうそれだけで充分すごいんだけど。しかもすっごい美味しいし。ちょっと濃いお醤油ベースのお汁。
二人で年越しそば食べて、二人で片付けて、今はのんびりそろそろ始まるのかな。カウントダウンをテレビ越しに眺めてる。友達と飲みに行かないの? って聞いたら、好きな奴と過ごせる時間削るわけないだろって笑われて、俺はしれっと言われた熱烈な感じの言葉達にまた赤面して。赤面すると条件反射みたいに旭輝がくれるキスにまた赤くなって。そしたら逆に、「聡衣は? 陽介なんかと飲みに行く予定とかないのか?」だってさ。
陽介は……大丈夫。他の友達も……大丈夫。
今日は友達との予定はなし。だって、好きな人と過ごせる大晦日と元旦だよ?
そんなの最優先に決まってるじゃん。
そう思ったら、顔に出てるって言われた。
きっと俺はまた赤面した。
条件反射みたいにキスされたから。
「聡衣の実家は手打ちなのか?」
「まさか! うち、年越しそば自体しなかったし」
「へぇ」
「だからさっきもびっくりしちゃった」
昨日は三つ葉の値段に。今日は年越しそばに入れる天ぷらの値段に。
エビの天ぷらってこんなに高かったっけ? ってくらい。でもそんなのも知らなかった。
「あぁ、びっくりしてたな」
何気なく海老の天ぷらを買おうとしてそのお値段に目、丸くしちゃった
「うち、母一人、子一人って感じで」
「……へぇ」
「シングルマザーで俺育てて、看護師やってるんだけど、ほら、あの仕事も年末年始ないでしょ? 小さな開業医なら別だけど、大きな病院の看護師だからさ」
「実家、戻らないのか」
「んー……多分、忙しいし。それこそ看護師だし」
「前に、言ってた」
「?」
「前って、初めて会った時」
トイレで痴話喧嘩してる俺を見かけた、その「初め」じゃなくて、もっと前の前。「始まる」ための「最初」のところ。
「親不孝してばっかって……言ってたな」
「えぇ? そうだっけ? そうなんだぁ、あは、よくそんなの覚えてるね」
「そうだな。よく覚えてる」
旭輝はテレビを眺めてるようできっと眺めてない。今、見つめてるのはきっとその時のことを思い出したのか、懐かしいような眩しいような、目を細めて、小さく笑った。
「ゲイって、まぁバレちゃったからさ……嘘、下手なんだよね。まぁ、それなりに不真面目な方だったけど、一向に彼女とか作らないから、高校生とかにもなると不自然って思ったんじゃん?」
「……」
「それなりにショックだったんじゃないかなぁ」
自分の息子がゲイって知ったらさ。
「悲観したり、怒ったり、否定はせずにいてくれたのすごくありがたかったけど、でもやっぱりびっくりはしてたから」
「……」
「なんか、申し訳ないなぁって思ったり」
でも、どうしようもないでしょ? 女の人はどうしても恋愛対象外なんだもん。
「でも、自分の恋愛感を矯正、あー……えっと、直す、正すの方の矯正? は、したくないし、できないし」
それでも、どこか母親と一緒にいると胸の中で呟いちゃう「ごめんね」の言葉。自分はちっとも悪くないのに。
だから謝る自分も嫌だった。
けれどやっぱり、なんか謝っちゃう自分がいた。
「だから、あんまり、ね。忙しいって言い訳くっつけて、実家にはあんまり帰らないかな」
お互いに年末年始、仕事があるからっていえば、ね。
避けてる感じはしないでしょ?
実際、仕事柄、年越し蕎麦をこうして食べながら、ゆっくり、なんてしたことないしさ。高校生の時はもう大晦日とか元旦とかって騒いで遊ばないとでしょって感じだったし。
「じゃあ、今度新年の挨拶しないとだな」
「……」
「ゲイって知ってるんだろ? 彼氏ですってエリート官僚連れて行けよ」
びっくりして、リアクションとか、忘れちゃったじゃん。
「多少は自慢になるだろ」
ね、わかってる?
ノンケだからわかってないのかな。
俺、女の子じゃないよ?
だからそういうのってさ。
「そしたら、俺も初めてエリート官僚になってよかったって思える」
親に紹介みたいなイベントって縁遠いんだってば。
「な、何それ……」
「恋人紹介の肩書きとしては悪くないだろ?」
「っ」
なのに、普通にそんなことを言うから。
普通に俺のことを愛……してる……感じ、だから。
「聡衣」
「っ」
だから、きっと俺は赤くなっちゃったでしょ?
「……」
ほら、また、条件反射みたいに優しくて甘いキスをされたもん。
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