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第92話 赤い糸とかは……
運命とか、赤い糸とか、そういうのはないって思ってた。
ずっと、この先も誰かと一緒に……って言うのも、あんまり自分の中にはなかったっていうか、同性だからかな。十年とか二十年とかを誰かと。例えば、トイレでぶん殴ったあいつと、とかは全然思いつかなかった。浮気発覚する前だってそんな未来をあいつと一緒に、なんて考えたことなかったし。想像もできなかった。
――聡衣。
でも、旭輝とは。
―― すごいよね。恋愛映画みたい。
旭輝とは。
―― 運命ってやつなんじゃん?
そういうの、運命とか? 赤い糸とか? そういうの。
赤い。
「……」
赤い。
「あっ!」
思わず、スーパーマーケットで声出しちゃった。目の前に広がる赤色を見てたら思わず「あっ!」って。
ハッピーバレンタインって書かれた看板の下に並べられた真っ赤なパッケージの板チョコを見ながら。
もうお正月ムードもすっかりなくなって、旭輝の方も仕事が始まって、七草粥も終わっちゃった。そういえば、七草粥って初めて食べたんだよね。お母さんと暮らした頃にもそういう習慣なかったし。自立してからは全然。付き合ってきた元彼たちもそういう年間行事をちゃんとやったりしなかったし。
だから、食べたことなくて。
――へぇ、そうなのか。俺は一応食べてたかな。実家では毎年やってたせいで。ほら、こっちだとそう言うセット売ってるだろ? だから簡単だし。
二人でカウンターテーブルのところでちゃんと七草粥食べた。
田舎だからなって笑う、旭輝の隣で食べた七草粥は思ってたよりも美味しくて、なんか、そのちゃんとしてる感じが楽しかった。
二月になったらいわしとか玄関のところに飾るの? って聞いたら笑われて。流石にそれはしないなって。カラス、来ちゃうからって。もちろん俺はそれだって飾ったことないから。
気にしてた年間行事はハロウィンにクリスマス、ついこの間終わったお正月に……誕生日に、それから。
本当、忘れてた。そろそろバレンタインじゃん。
クリスマスもプレゼントとかしなかったんだよね。旭輝も仕事すっごい忙しそうだったし。俺は、まだ国見さんのところで働き始めたばっかでちょっとお財布の中が心もとない感じだったし。
バレンタイン、チョコ?
いや、でもそれなら、身につけられる物とか?
タイピンはこの前、あげちゃったし。
こういう時こそアパレル店員なんだからぱぱっと決められたらいいんだけど。何がいいかな。なんかいい感じのあげたいよね。クリスマスプレゼントしてないんだもん。旭輝が喜んでくれそうなもの。
――聡衣。
嬉しそうに笑ってくれるようなもの。
「……」
ストール?
いや、もう時期的にいらなくなってくるし。
手袋?
いや、だから、それも時期的にいらなくなってくるから。
腕時計?
…………無理。
すっごい高いのしてたじゃん。あれ以上のものを贈れる気が全くしない。
じゃあ…………指輪? とかは?
「……」
指輪はちょっと、なんか……ね。
ファッションリング? でも、旭輝って出かける時でも指輪してるの見たことないから、そういうのはあんまりしないタイプなんじゃないかな。
じゃあ、シンプルなの?
でも、それって、ちょっとね。意味深じゃない? シンプルな指輪なんて、まるで、それって。
「……」
自分の手をパッと広げて眺めた。
指輪、シンプルな、例えば男女が何かを誓うようにつける指輪なんて、したことないなぁって思って、その手を引っ込めた。
指輪はちょっと難しいかなって。
じゃあ、そうだ。そしたら、もう少し低コストで……ネクタイ?
まぁね。無難ではあるけど、それこそアパレル店員としては面白味に欠けるっていうか。一番手軽だけどさ。クリスマスもそう言うのなかった分、もう少しなんか、いい感じの。
靴?
なんか色っぽくない。
鞄?
それも色っぽくない。
じゃあ、スーツ。
―― 俺は聡衣に世界一カッコイイサラリーマンにしてあげるって言ってもらえたんだ。
あ。
スーツ。
自分で仕立てるのは流石に服飾系で学んでるわけじゃないから無理だけど、なんか、スーツコーデをしてあげたら。
あの時みたいに。
旭輝に選んであげた最初の出会いみたいに。
いいかも、そういうの。
そういうの!
でも国見さんのところ、スーツはあんまり置いてないんだよね。
「うーん……」
展開してるけど薄いっていうか。
「何一人で、スーパーマーケットの中で百面相してるんだ?」
「! あ、旭輝!」
「お疲れ」
心臓飛び出そうだった。もぉ、びっくりした。
そこには旭輝がスーツ姿で立っていて、俺を見て笑ってた。もう髪はすでに崩しちゃってる。あと少し疲れてそうだった。年末も忙しかったけど、正月明けも忙しいんだって教えてくれた。
「旭輝も、お疲れ様。帰ってきたとこ、だよね。偶然スーパーで会うとかびっくり」
「あぁ、この前、聡衣が美味いって言ってた酎ハイ買って行こうと思ったんだ。そしたら本人がいて突っ立ったまんま百面相してたからしばらく眺めてた」
「ちょ! 声かけてよ。ずっと見てたの?」
何、百面相って。どの辺りから見てたんだろ。
「そうだな。聡衣がじっと自分の手を眺めた辺りかな」
あ、それは。
「手に」
指輪を――。
「手に買おうと思ってるもの書いてるのかと思った」
「!」
「聡衣、この前、牛乳買い忘れてコーヒー飲めないって言ってたから。けど、書いてないみたいだな」
「か、書いてないに決まってるじゃん。お客さんに笑われちゃう」
それは指輪をお揃いでって思った瞬間。
「あはは、確かにな」
その時、俺ってどんな顔してたんだろって、ちょっと教えてって、思った。
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