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Chapter3-1

 休憩時間、早苗は私用携帯に1通のメッセージが届いていることに気がついた。  それは京介からだった。彼からのメッセージはこの前のデートの数日後に、早苗を置いて先に帰ってしまったことに対する謝罪と今度埋め合わせをしたい、という内容のものが届いて以来のことであった。  早苗はもとより、こういったやり取りを頻回にするタイプでは無いが、改めて考えてみると恋人とのやり取りがこれというのはあまりに少ないかもしれない。 【今日の夜、予定がなければ一緒に夕食を食べないか?】  それに恋人になってからというもの、こんな風に突然デートに誘われることはすっかり無くなっていた。早苗は思わず舞い上がりそうになったが、すぐに現実に引き戻された。  彼が、埋め合わせをすると言ってその約束が果たされたことは、今までに一度だってないのだ。何故京介はいきなりこんなメッセージを送ってきたのだろうか――。  思考を巡らせると早苗の脳裏に、先日伊織に遭遇した時のことが思い浮かんだ。 『今回のことで逢沢くんにすっごく迷惑をかけちゃったから、京介にちゃんとフォローするように言っておいたよ』  もしこのメッセージが、伊織に何か言われたからと送られてきたの物であるのならば……と考えると早苗は正直に喜ぶことが出来なかった。  けれど、発情期以外で、京介と会える機会などほとんど無い。それに、この誘いを断ったら、きっと京介と話すことなく俊哉と番うことになるだろう。できるなら、俊哉と番う前に京介との思い出が欲しい――。 (この機会を逃したら、次の発情期までもう京介さんと会うことは無いかもしれない……)  そう考えたらこんな貴重な誘いを断る選択肢は早苗になかった。 【空いてますよ。京介さんが大丈夫なら、今日家に泊まりますか?】 【そうさせてもらおう】  就業時刻を迎えタイムカードを切った早苗がエントランスに向かうと、横にある待機スペースのソファに京介が腰を下ろしていた。 「すみません、京介さん。お待たせしちゃいましたか?」 「いや、俺も今降りてきたばかりだ」 「それなら良かったです。今日は、どこかで食べてからうちに来ますか? それとも、家で食べますか?」 「早苗の家で食べよう。今日はゆっくり過ごしたい気分なんだ」 「いいですよ。じゃあ、スーパーに寄ってから帰りましょう」  京介とこうして一緒に帰るのも久々だ。特にこの半年は、発情期以外にまともな休日はなかった。早苗が新規部署に異動したからである。もともと忙しい営業部に身を置いていた京介とのスケジュールは、早苗が部署異動したことによって、今まで以上に合わせるのが難しくなった。 「京介さんが、家に来てご飯食べるのって久々ですよね。何が食べたいですか?」 「最後に早苗の手料理を食べたのはもう何ヶ月も前に感じられるよ」 「はは。前回のヒート休暇の最終日に食べた鍋焼きうどんが最後なので、2ヶ月くらい前ですね。材料はほぼ冷凍食品なので、手料理と言っていいかは微妙ですけど」  春も終盤、初夏の気配が感じられる5月の初めに冷房の効いた部屋で食べた鍋焼きうどんのことを早苗は思い出した。あの日、食べたのは冷凍うどんと冷凍かき揚げ、それからめんつゆを適当に入れて煮込んだものなので手料理と言うほど大層なものでは無い。 「体調が回復してきた途端、『炭水化物……』と言って台所へ向かって作り始めた時は、毎度の事ながら驚いた」 「オレの場合は、抑えられてた食欲が爆発するんです」 「病み上がりに色々たべたくなるような感じか?」 「それに近いですね」  そんな会話をしているうちに、駅前のスーパーについた。京介がカゴとカートを用意してくれたので、早苗はその後について行くだけだった。  この時間のスーパーは、帰宅ついでに買い物をしていく人達で溢れていて、なんとか、人混みをかき分け目当てのものを買って帰路に着く。  今日の夕食のメニューは京介のリクエストで生姜焼きである。  食材の入ったマイバッグを肩にかけようとすると、京介が横から掻っ攫っていった。会計の時も、早苗が財布を取り出す前に最近使い始めたという電子マネーで払ってしまった。 「食費まで出してもらってすみません」 「何を言っているんだ。今日は泊めてもらうのだから、このくらい当然だろう」  家に着くと、早苗は早速夕食の支度に取り掛かる。ご飯は早炊きで40分。先にキャベツを千切りにして少し水にさらし、残ったキャベツと芯で味噌汁を作る。こちらの準備が終わったら、次は本日の本命生姜焼き作りだ。  早苗が、手際良く作っているのを京介は眺めていた。 「早苗の生姜焼きは生姜が効いていて美味しいと思っていたが、たれから手作りしていたんだな」 「市販のタレだと少し生姜が物足りないのと、後量が多いじゃないですか。うちの冷蔵庫小さいんで、そいうの買っちゃうとすぐにパンパンになるので手作りしてます」 「これは備え付けのものだったか?」  京介は胸の辺りまでしかない冷蔵庫の天板を触りながら問う。 「冷蔵庫だけじゃないですよ。レンジも洗濯機も、テレビも備え付けです」 「多少手狭ではあるが、家具付で安く借りられるのはいいな」 「独身オメガが借りられる物件ってほとんどないですし、月々の薬代が馬鹿にならないですからね。あ、キャベツの水きりお願いしてもいいですか?」 「ああ」  肉を焼きながら京介を盗み見る。 (京介さんと結婚したら、こういう風景を何度でも見られたのかな……)

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