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Chapter5-5

 リッカと剣崎はそれぞれの仕事に行ってしまったので、従業員室には早苗と蛇池だけが残っている。  頭ごなしに俊哉と関わるなと言われた早苗は納得出来ずにいた。そもそも早苗はもう既に俊哉と番っているので、関わるなと言われたところでどうにもできないのである。  早苗が黙りこくっていたので、蛇池が口を開いた。 「お前は俊哉のことが好きなのか」 「はい?」 「アイツのことが好きだから俺の忠告を聞かなかったんじゃないのか?」  その質問にはどんな意味があるのだろうか。もし仮に、蛇池の推測通り早苗が俊哉のことを好きだったして、何か対応が変わることがあるのだろうか。早苗がなかなか返事を返せないでいると、蛇池はあからさまなため息をついた。  重い沈黙に耐えきれずに、早苗は無意識にエンゲージカラーに触れていた。蛇池はそんな早苗の些細な行動に目敏く気がついた。 「お前……まさか、アイツと番っているのか……?」  早苗がゆっくりと頷くと、蛇池は頭を抱えた。 「いつだ。もしかしてこの前の土曜日か?」 「どうしてそれを……」 「日曜日の朝、ホテルの前のタクシー乗り場にいるのをたまたま見かけた。仕事中だったし、どうせそういう振る舞いってだけだと思ってたから声をかけなかったが、失敗だった。アイツがそこまで行動的だったなんて予想外だ……」  蛇池は、早苗と番ったのは完全に俊哉の主導だと思っているようだ。しかし、実際予定よりも早く俊哉と番になったのは自分ですら驚いた早苗の行動力もあってのことだ。 「番にならないかっていう提案は確かに俊哉先輩から持ちかけられましたけど、あの日番になるって決めたのはオレです」  早苗の言葉に蛇池は顔を上げて目を見開いた。まさか早苗が積極的に俊哉の番になろうとしたなんて考えてもいなかったとでも言いたげだ。 「はあ?!」  蛇池の張り上げた大声のせいで耳がキーンとする。その声量は間違いなく部屋の外まで聞こえただろうな、などとかんがえていると扉がノックされ、剣崎が顔を覗かせた。 「大きいこえがきこえましたけど、大丈夫ですか?」 「何でもねえ。仕事に戻れ」 「っす」  蛇池がそういうと剣崎は素直に従って行ってしまった。部屋の空気が険悪なものではなかったから問題ないと思ったのだろう。 「お前さ、何で俊哉と番ったんだ? 須田に思うところがあったんだったら別れるだけで良かっただろ」 「それは……」  俊哉と番った大きな理由は伊織に対する復讐に丁度いいと思ったからである。早苗と京介の間に割り入ってきた伊織であったが、彼にはある噂があった。それは、彼の『運命の番』が俊哉であるというものだ。俊哉はそれを否定していたが、伊織はそうなのだと言い張っていた。だから、俊哉からの提案に乗ったなら今までの仕返しができると思ったのである。 「……あれ、ちょっと待ってください。なんで蛇池さんはオレの恋人を知っているんですか?」  思わず流していたが、蛇池は早苗の恋人が京介であることを知っている。いくら小松兄弟の親戚とは言ってもどうして、彼は京介のことまで知っているのだろうか。 「今まで小松兄弟のしでかしてきたことの尻拭いをしてきたのは俺だ。アイツらの動向については各所から俺の耳に届くんだよ。そうは言っても、別に須田とは直接的な知り合いでもない。聞きたいのはそれだけか? なら俺の質問にもちゃんと答えろ。どうして俊哉と番うなんてバカな真似をした。伊織の噂を聞いたことがなかったのか?」 「噂なら知ってます」 「知っててなお俊哉と番になろうなんてよく思えたな。気が触れてるとしか思えねえ。喧嘩を売る相手は見極めろって教わらなかったか?」 「俊哉先輩が否定していたので、大丈夫だと思っていたんですが、『運命の番』相手に喧嘩を売るなんて確かにバカな真似をしましたよね……」  早苗のその言葉に蛇池は眉を顰めた。 「ちょっと待て。話が噛み合ってねえ。俺が言っている噂はそっちのことじゃねえよ」 「え?」 「俺が言っているのは、俊哉に近づいた奴らが碌な目に遭ってないっていう噂だ。そして、その首謀者が伊織だっていう……本当に聞いた事ないのか?」 「何ですかそれ……」  そんな話は一度も耳にしたことはなかった。いきなりそんな話をされて戸惑う早苗に蛇池は再び頭を抱えた。 「伊織は俊哉に近づくやつは容赦なく排除していく。特に俊哉に近づいているのがベータなら嫌がらせで済むことが多いが、オメガなら、それこそもっとも残酷な手段で相手を俊哉から遠ざける」 「残酷な手段……」 「ああ」 「もしかして……その、強姦とかですか?」 「あながち間違ってないがもっと最悪だ。無理矢理番にさせて、無認可の中和剤で番を解消させる」  あまりのことに早苗は言葉を失った。そんなことをされたら人生は詰んだも同然。これ以上ないほどに恐ろしい手段だった。 「……! そんなの完全に犯罪じゃないですか。それなのになんで伊織先輩は普通に生活しているんですか? 普通捕まったりとかするんじゃないですか?」 「小松の母方の祖父が警察のお偉いさんなんだよ。多少の悪事じゃ伊織にお咎めなんてない。小松の家じゃ、伊織はそれこそ宝物みたいに大事にされてんだよ」  早苗は安易に俊哉と番う決断をしたことを、今更になって後悔しはじめた。 「多少ってレベルじゃないと思うんですが……」 「言っておくが、この国は後ろ盾のないオメガに対する人権なんてものは、あってないようなものだ。諸外国いい顔するためにオメガのための政策だ何だと言ったところで、アルファが不利益になると判断されたら例え被害者であっても、犯罪者にされちまうんだよ。それが現実だ……」  そう語る蛇池は悔しさに耐えるように唇を噛んでいた。

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